『なんでもカロリー換算』 ボルトの世界記録からブラックホール発電まで

2013年2月8日 印刷向け表示
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なんでもカロリー換算 (PHPサイエンス・ワールド新書)

作者:竹内 薫
出版社:PHP研究所
発売日:2013-01-20
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日々の食生活から近未来の新エネルギー問題まで、我々の暮らしと熱量とは切っても切れない関係にある。それでは試みに、思いつく限りのエネルギーにまつわる問題をカロリー数値に置き換えて見てしまおうというのが本書だ。

まずは人間の体をカロリー計算してみよう。様々な実験によれば人間の仕事率は100ワット程度。直感的に言えば、われわれが朝起きて職場や学校へ行き、仕事をし、勉強をし、ご飯を食べてお風呂に入って、という生活で1日に使われているエネルギーは、100ワットの白熱電球を24時間ずっと点灯し続けていたのとほぼ同じエネルギー消費量だ。

超省エネ構造の我々の体のことだ、ちょっとしたエクセサイズ程度であれば、無駄なお肉の脂肪を使うまでもなく大したエネルギーも使わずにこなせてしまうだろう。ダイエット中の方々には残念なお知らせだが、人間の体はもともと相当な省エネ構造であり、ダイエットが困難な作りになっている。

トップアスリートのエネルギー消費はどうか。ウサイン・ボルト選手が100メートルを走るとき、生体として消費されるエネルギーは約16.76キロカロリー。これに対して一般の人が100メートル走る場合の消費エネルギーは約29キロカロリーと、世界一の俊足アスリートは一般人の半分程度のエネルギーしか消費していない。このエネルギー効率こそ、徹底的な省エネで速く走ることだけにエネルギーを集中できるように積み重ねた訓練の賜物だ。

エネルギーと言えば発電。東日本大震災以来、新エネルギーに焦点が当たっているものの、日本の発電形態の主力はやはり火力だ。この火力発電システムも以前と比べると格段の進化を遂げている。コンバインド・サイクル発電により2度タービンを回すことで、液化天然ガスの持つ化学的エネルギーのうち約6割を電力に変換できるようになったことも大きい。これに比べればオイルショック以前の火力発電のエネルギー変換効率は2割程度というから、半世紀ほどで発電効率は約3倍に上がっていたことになる。

石油や石炭などの燃焼熱を利用する従来型の発電は化学反応でエネルギーを生み出しているのに対し、原子力発電は物体の原子核が分裂し、質量が減ることによって生み出されるエネルギーを利用している。発電に用いられる炭化水素中で最大の熱量を持つLNGは1キログラムあたり1万3300キロカロリー、対してウラン燃料は「ウラン235」1キログラムが核分裂したときの理論的な発熱量は6~9億キロカロリー。ウラン燃料は、LNGとくらべ、約4万5000~8万8000倍という莫大な熱量を持っている。

現在の原子力発電の発電効率は最大35パーセント程度とされており、ウラン燃料1キログラムから、およそ2億~3億キロカロリーという大きな電力が作られていることになる。これが「原子力発電は火力発電とくらべて4桁も効率がいい」と言われることの科学的根拠はここにある。

新エネルギーと言えば太陽光や地熱、風力などの自然エネルギーを思い浮かべるだろうが、夢のエネルギーとして「ブラックホール発電」なるものがロジャー・ベンローズという一般相対性理論の学者により1969年に論文で発表されている。簡単に言えば、回転しているブラックホールにゴミを捨て、空になったゴミ箱を回収すると、莫大なエネルギーを回収できるというものだ。

ブラックホールによって質量が減った分がエネルギーに変わる、その原理はE=mc²で、原理上は1グラムのゴミで10億キロカロリーのエネルギーに変換できる。LNGガスは1キログラム当たり1万3300キロカロリーだが、ブラックホール発電の場合、ゴミ1キログラムで1兆キロカロリーともなり、これを電気に変えれば膨大な電力を生み出すことができる。

実用化にあたっては、ブラックホールにギリギリまで近づいてごみを捨て計算した軌道で戻ってくるロケット、光速に近い加速度を得られるロケットエンジン、急激な加速に耐えられるだけの機体、運動エネルギーを電気に変え蓄電できるバッテリーなど、途方もない技術開発が必要だ。しかし、ごみを捨てに行った帰りにはエネルギーが満タンとはかなりユニークな発想で捨てがたくもある。数千年後の実用化を期待したいところだ。

その他、スペースシャトルや人工衛星打ち上げといった宇宙開発にまつわるカロリー、ワールド・トレード・センター倒壊などの燃焼・爆発のカロリーに、ダイエットに役立つ(かもしれない)運動や栄養摂取のカロリー計算など、カロリーの「ものさし」で世界の見方がどれだけ変わるか、続きはぜひ本書で体験していただきたい。

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著者の一人、サイエンスライターの竹内薫はHONZでは常連だ。独特の切り口と軽快な語り口で読み手を飽きさせない。氏のサイエンス・ノンフィクションは、まさに鉄板と言えるだろう。

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