タイトルに魅かれて読んでしまった。誰でも思うはずだ、「酒と薔薇の日々」に決まっているじゃないか、と。それを、よりによって「醤油」とは。
本書は、何気ない日常席活を綴った68本のエッセイをまとめたものである。初出は1993年とあるから、相当に古い。しかし、長谷川町子の「サザエさん」が永遠に新しいように、人間の本質は少しも変わっていないのだから、いいものはいいのである。「晩婚化になったのは、日本中の叔父が『切腹』しなくなったからである。」「思うに転居というのは、不完全な自分からの脱皮の希望でもある。」(葛飾北斎は生涯に93回引っ越しをした) 「出国する成田で決められる『成田離婚』」等々、確かにその通りだ、と相槌を打ちたくなるような日常が著者独特の切り口で切り取られている。
人間に与えられた時間は、1年に8,760時間ある。そのうち、仕事に振り分けられる時間は、せいぜいが2,000時間くらいだ。人間にとっては、食べて寝て遊び、次の世代を育てる時間が、実は人生の7~8割を占めているのである。そうであれば、日常生活を共にするパートナーや家族、友人こそが何よりも大切であり、それに比べれば、実は仕事はどうでもいいことなのだ。このように人生の実相をリアルかつ率直に認識することが出来さえすれば、どうでもいい2~3割の仕事だからこそ、上司や周囲の目などを気にすることなく、自分に悔いが残らないように、自分に正直に一所懸命やろうと、誰もが腹落ちするはずである。そして、プライベートな日常生活の大切さ、かけがえのなさも、またよく納得できるに違いない。
最近、20歳以上も若い友が急に逝ってしまった。一度、ゆっくり話がしたいと思っていただけに、悔いが残った。著者の「『逆縁』とは子どもが親より先に亡くなることを指すだけではない。年長者が年少者の供養をすることも、逆縁なのである」というくだりが心に染みた。
ところで、何故、「醤油」なのか。それは巻頭に置かれたエッセイを読んでみてください。
出口 治明
ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。