な、なかったんですかっ?! 『ニュートンのリンゴ、アインシュタインの神 : 科学神話の虚実』

2015年2月14日 印刷向け表示
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ニュートンのリンゴ、アインシュタインの神: 科学神話の虚実

作者:アルベルト・A. マルティネス
出版社:青土社
発売日:2015-01-29
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毎年、年末ぎりぎりに高校の同級生との忘年会がある。過去10年以上にわたっておこなわれているのであるが、デジャヴみたいに同じような話が繰り返される。しかし、自分のことが語られていても、自分では覚えていないこともあるし、自分の記憶と違っていることもよくある。

自分が正しいのか、友人たちが正しいのか。もちろん、自分が正しいと思いたいけれど、よってたかって間違えてると言われると、やっぱり自分の勝手記憶のせいなのかという気がしてしまう。いまを生きる自分の記憶ですらそうなのだ。過去の歴史上の人物について書かれたことの何が正しいかとなると、なおさら難しい。

ガリレオ、ニュートン、アインシュタインなど、歴史的な科学者の偉大な発見についてのエピソードをめぐる本である。副題にある『科学神話の虚実』が示すように、それらの『神話』が史実を反映しているかどうかが、一次資料を読み解くことによって明らかにされていく。

まずはガリレオ。ピサの斜塔から違う重さの球を落下させて、物体の落下する速度は同じであることを証明した、という話。そのような実験をした記録はないどころか、ガリレオは、落下速度は、物体の重さではなく、密度によると考えていたことまでが示される。

そして、ガリレオは、単にその発見によるのではなく、神秘派とみなされていたピタゴラス派に近い異端的な考えであったために、宗教裁判にかけられたと説明する。もちろん、処刑を免れた後に『それでもそれは動いている』などと言ってはいない。そりゃそうだろう。そんなこと言って誰かに聞かれでもしたら、処刑台に逆戻りだ。

タイトルにもなっているニュートンのリンゴ。たしかにニュートンの庭にリンゴの木はあったが、リンゴが落下するのを見て万有引力を思いついたという記録はまったくない。後年になっての作り話なのだ。そして、このリンゴの木は嵐で倒れ、絶えてしまったはずなのだが、何故かその子孫は世界各地に存在する。

ダーウィンは進化論を思いついたが、それは、フィンチによるものでなければ、ゾウガメによるものでもなかった。フランクリンは、凧をあげて雷が電気であることを発見したとされているが、もしほんとだったら感電して死んでいたはずである。J.J. トムソンは陰極線や電子についての研究をおこなったが、決して電子を発見者ではない。などなど。

圧倒的にページ数が費やされているのは、アインシュタインについてだ。はたして神を信じていたのか、糟糠の妻との共同研究的な発見はあったのか、ベルンの時計台を見て相対性理論を思いついたのか。どれもが丹念に否定されていく。そして、アインシュタインの創造性の根源は何であったかが解き明かされる。

他にも、ありゃまぁそうだったの、というお話が満載だ。著者のマルティネスは科学史家であるが、書斎派にとどまらない。クーロンの法則については、クーロン自信の実験結果が法則に合致しすぎているという論文がたくさんある。では、ということで、クーロンが使ったのと同じような機器を作って実験する。そしてその結果は…

間違った説が流布されているのはよろしくないからタダすべき、とはしているが、全くもってけしからんというスタンスではない。どちらかというと、しゃぁないなぁ、という感じである。そして、この本のおもしろいところは、単に史実を明らかにして、間違ってましたよ、ほら、と種明かしするとこだけではなく、『神話』の成立メカニズムを鋭く考察していることだ。

こういった『神話』が成立していく時、ふたつのパターンがある。ひとつは、物語の足し算。すなわち、より面白いように尾ひれがつけられていくこと。もうひとつは、隙間を埋めるように、わかりやすい補助線が引かれていくこと。同時に、ストーリーの『圧縮』というパターンが多くの『神話』に共通して認められる。

早い話が、単純な面白いエピソードと発見とを安直に結びつけたいというドライビングフォースがあるのだ。人間とは、納得しないと落ち着かない生き物であるから、こういう傾向がでてしまうのだろう。そして『神話は話として成り立ち、機能し、満足させてくれる』ものであるだけに、作り上げられた『神話』は強力な浸透力を持ってしまう。

もうひとつ、忘れてはいけないのは、神話形成における『権威』の影響だ。たとえ嘘であっても、権威ある人が書いたりすると、事実としてどんどん引用されていく。そして、さらに面白く修飾されて拡散されていく。こういったことは、科学者の歴史的エピソードだけに限らない。世にあふれるニュースや身の回りで聞く噂話というのも、そのたぐいのものが腐るほどある。

アインシュタインは、こうぼやいていた。

私については、よくぞここまでと思うほどの嘘や完全なでっちあげがすでに山ほど書かれていて、そんなものを気にして過ごしていたら、私はとっくの昔に墓に入っていたことだろう。

アインシュタインには遠くおよびもつかないが、最後に高らかに宣言しておきたい。私についての悪い噂、特に、仕事もそこそこに遊んでばかりいる、とかいうのは、おもしろおかしい『神話』にすぎないということを。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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