『フリー [ペーパーバック版] <無料>からお金を生みだす新戦略』日本語版解説 by 小林 弘人

2016年4月24日 印刷向け表示
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コンテンツ業界の未来

本書では中国やブラジルにおける音楽のコピー文化に触れ、「フリーでバラ巻いて、コンサート・ツアーで儲ける」やり方を紹介している。フリーミアムがもつプロモーション効果とリアルの希少性を換金化する意義について、アンダーソンの予見は正鵠を射ている。日本を見ても、実際にCD生産数は下げ止まらないが、それを補填するかのようにライブやフェスの数はうなぎ上りで増えている

そのような状況のなか、今では定額購読制(サブスクリプション・モデル)が台頭してきた。毎月定額を支払えば、全コンテンツにアクセス・フリーとなる。音楽コンテンツでは英国初のクラウド音楽サービス<Spotify>が人気だが、それに追従し、Appleも<Apple Music>をスタートさせた。この潮流はフリーミアムとは異なる。また、個別商品ごとのダウンロード課金とも違う。最初の1か月は無料にしているケースも多いが、どちらかと言えばプロモーションのための「内部相互補助フリー」と捉えるべきだろう。この定額制は、第三の流れとも言える。すでに「サブスクリプション・エコノミー」といった造語も飛び出すほどで、音楽業界以外にも広がりを見せつつある。

たとえば、Adobeによる同社ソフトウェアの定額利用は衝撃をもって業界に受け止められた。ほかに映画やドラマ視聴の<Hulu><Netflix>なども有名だ。最近では日本の中古車販売大手ガリバーが月額による定額制で車が乗り放題のサービスを開始するとのことだ。

新聞・雑誌についてはどうだろうか。初期には、「三者間市場フリー」による広告モデルが多く散見された。しかし、それでは採算が合わず、料金を支払わないと記事が読めない有料の壁(ペイウォール)を築いた時期もあった。現在は、新聞業界においてはフリーミアムが定着しつつあるようだ。The New York Timesのように一日に読める記事の本数に制限をつけ、それ以上読みたい場合はサブスクリプションによって有料会員になれば読めるというやり方だ。The New York Timesの場合、最初は無料で読める記事の本数が多過ぎてうまく機能しなかったが、いまでは最適解を見つけたようだ。フリーミアムにおいて、プレミアムとの差別化は、運用しながら調整していくのが定石だ。

オランダの『Blendle』は、提携するドイツの主要日刊紙・週刊誌の記事を個別販売している。まさにジャーナリズム界のiTunesストアだ。このようなやり方はフリーミアム・モデルに比較すれば、まだ特殊な例とも言える。しかし、着実に会員数を増やしており、読者は必ずしもただ乗り(フリーライダー)ばかりではないことを証明した。

また、AP通信社が2015年にアメリカで実施した調査では、ミレニアル世代(2000年以降に成人となる若年層・人類初のデジタル世代)はコンテンツに対してお金を支払うことを厭わない傾向が読み取れる。しかし、ニュースに対して個人的に対価を支払うことについては、まだ意識が低いと言わざるを得ない。フリー戦略を用いて、ニュース購読における心理障壁の高さを緩和し、同時に啓蒙することが喫緊の課題とも言えるだろう。

ただし、フリー戦略に対する新たな脅威もある。これまでは広告モデルがコンテンツ業界を支えてきた。しかし、最近はユーザーによる広告ブロックの流れが世界的に顕著となってきている。広告ブロックはブラウザーの拡張機能として用いられ、サイトへのアクセス時に広告表示を遮る。日本においてはほぼ影響が見られないが、世界的には懸案事項となりつつある。

AdobeとPageFairの共同調査によると、全世界で広告ブロックのMAU(Monthly Active Users)数は、1億8100万人を数える。2010年から15年にかけて、実に9倍も急増しているのだ。広告ブロックによるコンテンツ企業の損失は、218億ドルと見積もられている。これはニュースなどのコンテンツばかりではない。エンターテインメントやゲームに関する記事コンテンツにも及ぶ。ただ、この風潮に対し、メディア側もただ傍観しているわけではない。米コンデナスト社は、広告ブロック使用ユーザーが同社のメディア『GQ』『WIRED』にアクセスしたら、ブロックを解除するか、記事ごとに購読するか週1ドルの支払いをしないと記事が読めないように対策している。ここでも先の『Blendle』のように、小額決済(マイクロペイメント)がカギとなりそうだ。

さて、駆け足でコンテンツ業界におけるフリーの状況を見てきたが、アンダーソンによって書かれたフリーとそれを用いた戦略は、今日も研究・調査に値する対象であることは間違いない。

先のクマール助教授の調査によれば、無料ユーザーのうち15%から25%が有料課金ユーザーに値するという。これは希望的な数値だろう。さらに、その無料ユーザーは有料ユーザーに促すためのクチコミを発生させる力をもつという。

クマール氏は指摘する。「プレミアム部分の価値を高め続けるべきだ。賢い企業は、フリーミアムが収益モデルではなく、イノベーションへのコミットメントだと見ている」と。フリーミアムを名乗る以上は、サービスそのものを進化させ続けることをユーザーに理解してもらう必要があるだろう。コンバージョン率が高くても、プレミアム部分を磨かずに、失速していったサービスも多い。本書刊行から数年が経過したが、人類はまだフリーとの付き合い方を学ぶ過程にある。
 

◎補足

本書にも登場する、米ワイアード共同創業者であり、編集局長を務めたケヴィン・ケリーは、自身のブログに『無料より優れたもの』と題する記事を掲載している。そのなかでケリーは、「8つのコピーできない価値」として、ネットワーク経済においてコピーできない価値を定義している。ご興味ある方はご参照いただきたい。 
オリジナル http://kk.org/thetechnium/better-than-fre/
日本語訳  http://memo7.sblo.jp/article/12121626.html(堺屋七左衛門・訳。同記事は、達人出版会が発行する『ケヴィン・ケリー著作選集 1』にも収載) 

 

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