『「「暗黒・中国」からの脱出 逃亡・逮捕・拷問・脱獄』法治人物から一転、お尋ね者に。そして亡命劇へ 客員レビュー by ふるまいよしこ

ふるまいよしこ2016年08月04日 印刷向け表示
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読み終えて感じる、その壮絶さ

『「暗黒・中国」からの脱出』(顔 伯鈞・著)

この2年間の顔氏の逃亡劇は壮絶だ。妻子への念、そして恩人や友人たちへの思いに苛まれながら、逃避行を続ける顔氏。常人なら気が狂いそうな不安だらけの旅にありながら、顔氏は各地で出会った人たちに対する観察と理解を忘れない。

その逃亡劇はまるで小説のようだ。これはもちろん、数十万字にのぼるという顔氏のメモを編集しなおした安田氏の編集力に寄るところも多いのだろう。が、それでもこの現代にまだこんな逃亡生活を送る人がおり、また彼を取り巻く人たちのような暮らしを続けている人がこの瞬間も生きていることに圧倒される。

事細かに書くとネタバレしてしまうのでここでは避ける。実際に本を手にして、その「小説よりも奇」な逃亡劇にぜひ没頭していただきたい。仕事を終えてから夜のうちに読み終えることができるはずだ。

だが、勢いに乗じて読み終えて思うのは、これが小説ではなく、現実の話だということだ。隣国中国において、普通に社会の発展を願う一人の、それも中国共産党員であり、またわざわざ党の高等教育を受けたありふれた人物の、現実の体験であることに、なんとも言えない重い気分になる。

救いは顔氏の聡明さ

しかし、わたしが読み終えて最も驚嘆したのは、著者の顔氏の冷静さだった。

拘束され、拷問にかけられ、さらには殺人犯と隣り合わせの獄中生活すら体験したのに、彼は中国からの亡命者が海外に出たあとで見せるような「憎しみ」や「恨みつらみ」でその逃亡劇をドラマチックに盛り上げることをしていない。

冒頭でも触れたが、公盟の創設者の一人、滕彪・弁護士も今はアメリカで暮らしている。その他にもわたしの中国の知り合いの一部はさまざまな理由から海外での生活を余儀なくされている。そんな彼らが、肉親であろうとも気軽に連絡をとることすらかなわない生活において、自身をそこまで追い込んだ中国政府と共産党を憎み、罵るのは、自然のなりゆきだろう。

だが、海外に点在するそうした「憎しみ」に燃える人たちが、自身の持つネットワークを使って得た中国の情報を発信する時、あるいは中国についての意見を求められた時、その情報は怒りと憎しみでラッピングされてしまうのも事実だ。それが情報を受け取る人たちの「判断」を大きく左右する。単純に彼らの怒りに便乗してしまえば、それはただの怒りや憎しみの連鎖を生むだけだ。

わたし個人は、そんな人たちが発信する情報を参考にすることはあっても、そこに振りかけられた感情をまず切り分け、事実と区別するように心がけている。だが、彼らによって調理され皿に盛られてしまった「情報」は時としてその「調味料」との分別が非常に難しい。つまり、真偽を見抜くことが難しくなる。

激情にかられた言葉は「おいしい」が、しかし、その「素材」が必ずしも新鮮、オリジナルな食材かどうかは別なのだ。

顔氏はこの手記で共産党を批判しつつ、自分を捕まえようとあの手この手を伸ばしてくる「国保」たちに嫌悪感を抱きながらも、それらをひっくるめて「悪の権化」のような形容をすることを避けている。

それは残してきた妻子や肉親に波及するかもしれない懸念によるものかもしれない。だが、一方で望郷の念とともに、逃亡の最中に、さまざまに手を差し伸べてくれた「一般の人たち」の存在を丁寧に振り返る。

つまり、激情に駆られれば、話はたやすく「善(自分)と悪(共産党)」にわけられてしまいがちだが、この著者は中国のもう一面――多くの心優しく、たくましい市民たちの存在を語りかける。それもまた、顔氏が恋しく思う中国の現実の姿なのだ。

一般の市民たちと連帯してこの国をもっと良くしていきたいと活動していた顔氏の姿勢は、その逃亡を経たあとでも揺らいでいない。顔氏のそんな理性的な姿勢がこの本を非常に興味深く、しかし力強いものにしている。

願わくば、世界に先駆けて日本で出版されたこの手記がさらに多くの人たちに読まれ、その印税が少しでも顔氏の辛く孤独な亡命生活の助けにならんことを。  
 

※本稿は、ふるまいよしこさんのメルマガ《§ 中 国 万 華 鏡 § 之 ぶんぶくちゃいな》に掲載されたものを、一部修正のうえ掲載しております。
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ふるまいよしこ フリーランスライター ●北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学び、雑誌編集者を経て独立 ●現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説 ●東京新聞の土曜日朝刊「本音のコラム」担当 ●「Newsweek Japan ウェブ」にコラム「中国 風見鶏便り」を連載 ●著書『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)●共著『艾未未読本』(集広舎)、『中国超入門』(阪急コミュニケーションズ)  
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