なぜ人と政府との関わりは希薄になったのか
元サンフランシスコ市長であり現カリフォルニア州副知事である著者ギャビン・ニューサムは、ずっと疑問に感じていた。SNSで頻繁にメッセージを発信し、ポケモンGoで何百キロも歩いてモンスターを追いかけるアクティブな人々が、なぜこれほどまでに政治に関心を示さないのか。2011年にロサンゼルスで行われた重要な教育・環境に関わる住民投票の投票率はわずか12%に過ぎなかったことを、ギャビンは当然のこととして受け流すことはできなかった。
無関心の原因は政府や政治家にある、とギャビンは考える。新たなテクノロジーが人々の生活を驚くべきスピードで変化させているのに、「現在の政府は1973年だったら最先端だったろうと思える機能しか備えて」おらず、市民の関心を十分に引きつける存在になっていない。本書は、そんな現状を変えるためにテクノロジーにできることについて、ギャビンが多くの起業家、政治家、技術者等と議論を闘わせた内容をまとめたものである。イェルプやツイッターの創業者から元大統領ビル・クリントンまで対談相手は多岐にわたり、新たな政府と市民の関わり方、果ては民主主義のあり方までもが示唆される。
イノベーションの発信地である米国においても政府が変化を嫌うということに変わりはない。車ごと拉致された大学生が犯人に気づかれることを恐れて911(緊急通報用電話番号)に電話できず殺害された事件をきっかけとして、米国連邦通信委員会は911にSMSを送れるようにする「NG 9-1-1」という施策に長い間取り組んできた。しなしながら、悲劇の発生から20年以上が立つ今でもこの911にを送るSMSというシンプルに思えるサービスは、全米では使用できない。なぜ政府の動きがこれほど鈍いのか、そしてどのようにして変化を起こすことができるのかが本書では法律、技術、倫理などの視点から多面的に語られていく。
インターネットの登場は情報の取り扱い方、プライバシーと公共の考え方も大きく変えた。ウィキリークスのような意図せざる情報の流出が与える負の影響は無視できないものの、市民へのデータ開放には多くのポジティブな可能性がある。テクノロジー企業のディレクターであったマイクは、腰痛のせいで取らざるを得なかった2週間の休暇を利用して、犯罪率が高くて有名な地元カルフォルニア州オークランドの現状を分析してみようと思い立つ。マイクは市が整理することなく公開している情報の山を分析・再構成することで、過去にどの地点でどのような犯罪が分かるサイトcrimespotting.orgを立ち上げ、治安の改善に大きく貢献した。市が自分たちでこのようなサイトを立ち上げようとすれば大きな予算と時間、さらには途方も無い部署間の調整が必要だったはずだ。
マイクの事例はあまりに例外的だと考えることもできるだろう。しかしWikipediaやLinuxのように、インターネット時代には価値ある製品を生み出すために人々が無給の労働を引き受けることが起こりうる。問題は、どのようにして政府がそのような無償労働が発生する環境を生み出すかである。ギャビンはアップルの存在が参考になると指摘する。
政府の課題は非常に大きく、高額のお金もかかるために、私たちには解決策を買う余裕がない。だがアップルのアップルストアのモデルを模倣することがその代案になるだろう。政府は必ずしも自力でキラー・アプリを生み出す必要はない。場所を空け、他の人々にそれを作ってもらえばいいのだ。
他にも本書では、エンジニアの政府への積極的登用、クラウド活用による効率化、ゲーミフィケーションの活用など様々な手法の政府への実装が理想論としてではなく、現実のものとして語られている。政府が魅力的なプラットフォームとなったとき、もっと多くの人々が自然とその場に引き寄せられていくはずだ。本書は、民主主義の未来を少し明るいものに思わせてくれる。
大した効果がないことは分かっています。問題が解決できるとも思っていません。しかし、われわれの立場としては、法的手段に訴えざるをえない。われわれができることはこれしかないのです。やらなければ、うちが責任をとらされてしまう
2012年に当時の橋下市長から大阪市特別顧問(西成特区構想担当)に任命された著者鈴木亘が、安易に行政代執行の可能性を示唆する建設局担当者に、司法的措置はホームレス問題解決に効果はないと指摘した際に受けた返答である。お上による強硬手段が支援団体や労働団体からの猛反対を引き起こし、実際的な効果などないことは担当者もよく理解していたのだ。それでも、役人が生きる現実の世界では、効果や問題解決よりも優先されるべきものがある。
『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』は著者が、結核の罹患率がボツワナやザンビアのような最貧国並の水準であり覚醒剤が白昼堂々と売買されるあいりん地域の改革実行に挑んだ3年8ヶ月を振り返った記録である。ここで描かれているのは、大胆な戦略や華麗なターンアラウンドによる奇跡ではない。過酷な環境にさらされ剥き出しになる感情と、ときには読んでいるだけで気分がムカムカしてくるほどの組織の現実が、読者に突きつけられる。
あらゆる困難を、経済学的視点で分析しながら突破していく著者の姿勢は、どのような組織を生きる人にも参考となる。利害が異なる部署をどのように1つの目標に向けて動かすのか、聞く耳を持たない抵抗勢力とどう向き合うか、情報はどのように制御しどのように広めるべきか。囚人のジレンマや共有地の悲劇などの経済学の概念を、実際の場面に則して解説してくれる。特に重要なことは、議論相手がどのようなインセンティブに基づいて動いているか、つまり相手のルールを理解することだ。サッカーをしている役人に、いくら手を使えと言っても効果はない。
覚醒剤犯罪に立ち向かうために西成警察署に働きかけた著者の声は、全く響かなかった。いくら厳しい取締りを訴えても警察はやる気をみせず、警察署のすぐ裏で覚醒剤が売買されていても無視することさえあったという。「あいりん地域に売人を封じ込めている」という噂も、真実に思えてくる程の無気力ぶりであった。西成警察署はどのようなルールで動いているのか。著者が彼らを動かすツボをどのように見つけ、警察を動かしたのかを描き出す過程は特に興味深い。一度動き出した警察の力は凄まじく、「あいりん地域では、もはや売人の姿をみかけることは完全になくなった」という。
大学時代からあいりん地域に縁のあった著者は、「何をしでかすかわからない大阪維新の会から、あいりん地域を守れるのは私だけだ」という思いから、火中の栗を拾う覚悟で特別顧問を引き受けたという。日本最貧困地域と言っても過言ではない「あいりん地域」を含む西成区の問題を一気に解決しようという橋下市長の「西成特区構想」は、一筋縄でいくものではないことが明らかだったからだ。貧困以外にも、人口減少、治安、少子高齢化などあらゆる問題を抱えるこの地域の市民と行政の関係は、過去の不幸な歴史もあり、ねじれにねじれていたのである。
地方行政を効率的に動かすためのメディアとの付き合い方、自身が情報のハブとなることでの縦割り組織の有効活用、官民協働の可能性など興味深いトピックが、生々しい体験とともにこれでもかと詰め込まれている。著者の改革の全てが上手く行ったわけではないし、その果実が得られるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。それでも、著者たちが厳しい現実に目を背けることなく向き合うことで辿り着いた直接民主主義のまちづくりの方法は、まちづくりの新たな「方法論」として更なる発展を見せてくれるだろう。『未来政府』と『経済学者 日本の最貧困地域』を併せて読むことで、民主主義の今と未来が、より明確に浮かび上がってくる。
ビジネスマン待望の三枝匡最新作。 ついに、自身が12年間にわたって手がけたミスミ改革の全貌が明らかとなる。「切断力」「いつか見た風景」などの刺さるフレーズ、三枝節とともに企業改造を追体験できる。
日本銀行から派遣されルワンダ中央銀行総裁として一国の経済を立て直した著者の記録。
『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』のタイトルの元ネタはこれだろうか。経済学が貧困とどのように闘ってきたかを考察する一冊。