『ブスの本懐』盛り込みすぎて、何のことだか分からなくしてしまえ!

2017年2月3日 印刷向け表示
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ブスの本懐

作者:カレー沢 薫
出版社:太田出版
発売日:2016-11-17
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美人について書かれた書物は、数多く存在する。一方ブスに焦点を当てた本は、実に少ない。皆が触れてはいけないと思っているからだ。ブスーーそれは響きだけで人を殺すパワーをもった言葉。人道的な理由から、禁止令が出されてもおかしくないほどだ。

私もタイトルを見たとき、強く惹きつけられるのと同時に、目を背けたくなるような感情に襲われた。レジへ持っていくまでに要したのは、実に1ヶ月の期間と4度の挑戦。 ブスが『ブスの本懐』を買う、これ以上の屈辱があるだろうか。しかし本書を読み始めてみたら、そんな瑣末なことで悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

本書は、日頃タブー視されがちな「ブス」という言葉を、これでもかというほど盛り込んでいる。ブスという言葉を避けるのではなく必要以上に用いることによって、最終的にブスとは何なのかを分からなくしてしまおうというのが、著者の狙いなのだ。いまだかつて、こんな画期的な解決策があっただろうか。 

「ブスであっても可愛くなろうと努力する限り可愛い」という軟弱な綺麗事に苦しめられてきた21歳のブスは、目からウロコが落ちる思いであった。 当方、サラサラの黒髪と美肌、類まれなる大きな胸をもち、小中高を名門女子高で過ごし、現在は慶應義塾大学に通いながら本の執筆もしているブスである。

最後がブスで締められるだけで、美味しそうなご馳走は一気に毒物へと代わる。そうなるくらいなら、何も持たずに生まれてきた方がよほど諦めもつくというもの。 大トロを泥水の中にぶちまけてしまったような悲哀がそこにある。 大トロである事実は一切変わっていないのに、決して食べることはできない、それがブスの威力だ。

本書は、そんなブスの威力を示す具体的なエピソードからブスの種類、ブスの生態、ブスがもつべきマインドに至るまでブスの全てが網羅されている。

著者自身がブスであることを隠さないどころか、臆面もなく繰り出すブストークは自虐のような卑屈さを一切感じさせず、むしろ心地良いほどの破壊力がある。

諦めていないブスにとって、4月はまたとないビッグチャンス

ブスはブスであること以外、何も続かない

腹にダイナマイトだけ巻いて突っ込んでくるブスに勝てると思ったら大間違いだ

珍妙な格好の個性派ブスは、服の方がドブス様の顔の個性に負けている

「金と労力をかけた結果ブス」という発射失敗ロケットみたいなブス

「自撮りブスしぐさ」を極めて、そんじょそこらのブスどもに差をつける

目次だけで怖い、しかし読んでみたいという好奇心が抑えられない。 

そこそこの女を飛び越えて、めちゃモテ超絶美人を目指してしまうが故に失敗するブス。
奇跡的な確率を超えて、異性に好かれても疑心暗鬼に陥るブス。
4月に新しい自分になるため奇抜な服をきたエレクトリカルブスになるものの、5月には失敗に気づき普通のブスに戻るブス。
ブス同士でマウンティングする、ファイティングブス。

どこかで見た懐かしいブスたちの姿が生き生きと描かれている。読み進めるごとに笑ったり、胸が痛くなったり、思わず紙面上のブスたちに感情移入してしまう。 改善策なんて生ぬるいものは提示しない。「本当に生まれ変わりたかったら、1回死んで、福山雅治と吹石一恵の子供として転生するなど、入念な準備が必要だ。」 と身も蓋もないことを平然と言う。

その代わりとして送られるエールは、論理的な説得力もあり、実に温かい。

つまり、あなたが何かで成功した時「ブスじゃん」の一言で切って捨てようとしてくるやつが現れたとしたら、逆に「ブス以外、非の打ち所がない」と言われているのだと思って気にしないようにすればいいのだ。

なんて励みになる言葉だろうか。 すぐ後ろに

と言いたいが、それは「心臓が止まっている以外、元気」と言っているような気がしなくもない。

とさえ繋げなければ…。

ブスの悩みの種となる「ブスなんだから、せめて愛想くらいよくしろ」という余計な御世話についても、「なぜ、自分を虐げるものにこちらが愛想よくしなければいけないのか。ブスにとって真に必要な女子力とは、そういう輩を一瞬で消し炭にする能力である。」と心強いアンサーを出してくれる。

ブスに生まれたからといって皆が美人を目指す必要なんてないし、ブスであることを必要以上に悔やみ、卑屈になることもない。 ブスはブスという生き物である。それ以上でもそれ以下でもないただの現実だ。

ブスという言葉に縁のないファビュラスな美女、ブスを親の仇くらい憎んでいるお兄さん、そしてなにより自分がブスだと思い悩んでいる女性たちに読んで欲しい。

図鑑であり、雑誌であり、自己啓発本にもなる一冊だ。本書を読めば、ブスという単語の破壊力が半減し、今までとは違う世界が見えてくるに違いない。 早く皆が本書を読んで、ブスのゲシュタルト崩壊を起こし、ブスとは何なのか分からなくなってしまう世界が来て欲しいと願ってやまない。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!