『太陽王ルイ14世 ヴェルサイユの発明者』文化現象の北極点を創った男

2017年4月18日 印刷向け表示
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太陽王ルイ14世 ヴェルサイユの発明者

作者:鹿島 茂
出版社:KADOKAWA
発売日:2017-02-24
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時間や空間を図るには確かな基準点が必要となる。しかし、贅沢や美しさという抽象的なものにも基準となる点や線は存在するのだろうか。フランス文学者の鹿島茂は世間一般で言われるように、これまで美しさや贅沢というものには基準となるものなど存在しないと思っていた。しかし、フランス文化史を長年の間、研究し続けるうちに美や贅沢にも基準点が存在するのではないかと思うようになったという。

個々、バラバラに発生したかのように見える文化現象をよくよく観察すると、まるで磁石の針がすべて北極点を指すように文化現象の針も共通してある一点を指しているかのような印象を受けるのです。とりわけ、十八世紀以降の文化現象においては、それが顕著です。

なるほど、言われてみればそんな気もする。商売で成功した富豪がメディアで自慢する豪邸や彼らが乗り回すラグジュアリーカーの内外装のデザインなども、ある一点をさしているような印象を確かに受ける。その一点とは何か。それはヴェルサイユ宮殿だ。

父から受け継いだヴェルサイユ宮殿を荘厳な大宮殿に改築したのは言うまでもなく、太陽王と賞賛されるルイ十四世だ。この偉大な王は、中世的な封建主義がはびこるフランスを他のヨーロッパ諸国に先駆け中央集権化し、絶対王政を敷いた独裁者というイメージが一般的ではないだろうか。ではなぜ、彼はヴェルサイユ宮殿という贅の限りを尽くし、後世から美あるいは文化の基準点とされるような宮殿を必要としたのであろうか。本書はルイ十四世がいかにして文化の基準点となるヴェルサイユを「発明」する事になったのという点を中心に据えた伝記である。

歴史人物の伝記というと、読むことを躊躇してしまう人も多いかも知れない。確かに歴史の専門家が書く伝記は読者がある程度の知識を持っていないと、読んでいても意味がわかりにくいものが多数存在する。しかし、そこは『馬車が買いたい』などを筆頭に数々の面白い歴史本を著してきた鹿島茂である。本書もパスカルの『パンセ』やエマニュエル・トッドの家族構成がもたらす文化的差異を分析した理論などを応用し、ルイ十四世の生きた時代を軽妙に描き出している。

では、ルイ十四世がなぜパリ市郊外のヴェルサイユにこのような大宮殿を築く事になったのか、その概要を見てみよう。鍵となるのは中央集権化、フロンドの乱、愛と自己顕示欲(本書ではドーダ心)、そしてスーパーアイドルとしての太陽王ルイ十四世と生身のルイ十四世だ。

このレビューでは、中央集権化の問題を中心に見てみようと思う。当時ヨーロッパ諸国の間ではいち早く中央集権化に成功し、効率的に国家運用ができるようになった国が覇権を握るようになるという認識が王及び王権支持派の間で一般化しており、各国は他国の中央集権化を阻害するために頻繁に戦争を行っていたという。フランスもリシュリュー枢機卿の下で、国内おいては中央集権化にまい進し、対外的には戦争を行っていた。この路線はリシュリューの後継者、マザラン、そしてマザランがルイ十四世に残した「最大の贈り物」たるコルベールへと受け継がれていく事になる。

彼ら「王以上の王権派」が行った中央集権化という改革は当然ながら既存の利権集団から大きな反発を招く事になる。これら抵抗勢力の中心になったのが法官貴族と呼ばれる新興貴族だ。彼らは主に高等法院の官僚なのだが、現代の官僚のようにその能力で国家から任命され俸給によって生計をたてている者たちとは異なる。国家が売り出した「官職」という株を買いとったブルジョアや貴族の次男三男などで形成されていた存在である。

俸給は支払われるが金額は少なく、今で言う国債の利子のような感覚で払われており、彼らは官職を持つことで手に入る様々な特権や利権から上がる利益で生計を立てていたそうだ。今で言う賄賂やリベートのようなものだろう。これらの官職株は自らの資産で買取り、自由に売りに出す事も世襲する事も認められていたので、国家の従僕としての官僚という認識は無く、一種の独立した利権団体として王権から半独立状態にあったという。

では、このような売官制がなぜ存続していたかと言う点だが、ひとつは戦費調達のために国家が頻繁に官職を売りに出していたため。もうひとつは、フランス北部の家族制度が関係していると著者は述べている。

元々、フランス中央のパリ盆地は平等主義的核家族(父と息子の関係は弱く、相続は兄弟平等)だが後からフランス領に組み込まれたフランス北部では直系家族地帯でこの家族形態は日本も同じなので理解しやすいと思うが、長子相続が基本で次男以下は相続なしで独立を余儀なくされる。彼らの多くは当時、軍職か僧職以外に進む道が無い状態であった。軍職は死亡率が高く、僧職は結婚が禁じられていたため、どちらもあまり魅力的な就職口とはいえないだろう。そんな彼らの状況に見事にマッチしたのがこの売官制というわけだ。彼らにとってこれは守るべき貴重な利権なのだ。

フロンドの乱の詳細は本書に譲るが、この反乱のさなか民衆が暴徒化して宮殿に押しかけ、幼いルイ十四世の居室にまで入り込むという事件が発生する。ルイ十四世は寝たふりをして難を逃れたが、終生このときの出来事がトラウマとなり、極端な民衆嫌いになってしまったという。また、多くの貴族や王族がいとも簡単にフロンド派に寝返り王に楯突いた経験から、力のみならず何か他の方法で臣下どもを服従させる制度が必要だと考えるようになったようだ。これら王の心理と思考がどのようにしてヴェルサイユ宮殿の発明に結実していくかは、本書で確かめてもらいたい。

本書では上記の本筋とは別に様々な読みどころも存在する。例えばフロンドの乱でフロンド側についた戦争の英雄コンデ公やフロンドの乱のキャスティングボード役を自任していたレ枢機卿が度々見せるドーダ、ドーダという自己顕示欲の面白いエピソードや王族のロングウィル公爵夫人の愛と情熱を伴った反乱活動など、個性的な人物のエピソードが分りやすく且つ軽快な文章で記されており時間を忘れて読み耽ってしまう。

登場人物の描写があまりにも魅力的なために、読了後、親しい友人達と離れ離れになってしまったかのような寂しさを感じたほどだ。是非、皆さんも本書を手に取り、フランスがもっとも偉大だった時代の個性豊かな王や貴族たちと触れ合い、彼らとの時間を共有して欲しい。そうする事で18世紀以降の文化現象の針がなぜヴェルサイユを指しているのかという疑問に、おのずと納得できる答えが見つかるであろう。
 

馬車が買いたい!

作者:鹿島 茂
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