『知ってるつもり -無知の科学』知らないことを知らないと、どうなるか

山本 尚毅2018年05月26日 印刷向け表示
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知ってるつもり――無知の科学
作者:スティーブン スローマン 翻訳:土方 奈美
出版社:早川書房
発売日:2018-04-04
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サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ激賞!

と興奮気味に記されている割に、赤い帯には冷徹なメッセージが書かれている。

著者らが正しければ、有権者や消費者により良い情報を与えることは無意味に等しい

本書の核となる主張を簡潔にまとめたコメントである。 そして、ユヴァル・ノア・ハラリが疑っているように、果たして、著者らの言い分は正しいのだろうか。

そんな著者の1人が本書のクライマックスに、2人の愛娘の性格を紹介している。

娘の1人Lは自分の知識の範囲と自分の限界を理解し、自分に手の負えない領域のことへの自覚があり、落ち着きがあり、信頼感のある子である。趣味は複数あるけれど、たいていは自分が強い分野に集中する。

もう1人の娘Sは、あらゆることに情熱的に取り組み、未知の領域の探検を愛し、開拓精神に富む。発想が豊かでどんな話題にも夢中になる。壮大なビジョンがあるが、理想に届かないことがほとんどである。

さて、あなたは、どちらの娘に近いだろうか。どちらの娘のようになりたいだろうか。

私たちは、娘Sのように、自分は実際よりも物事を理解していると過信して生きている。そして、この錯覚があらゆる不幸の原因となる。たとえば、疑似科学を信じ、誤った治療の選択をすること、所属するコミュニティに盲信し、いつしか集団自殺に巻き込まれること、暴利を貪る金融商品に騙されることである。共通するのは、みな自分の知識に対して、錯覚していることだ。

例えば、トイレの仕組みについて、子どもに聞かれたときに返答できるかどうかである。幼い子どもは世界の仕組みに興味津々である。そして、大人の私たちに「トイレってどんな仕組みでできてるの?」と無邪気に聞く。そして、大人は質問されるまでは、トイレのことは当然知っていると自負していたはずが、目をキラキラさせた子どもたちを前に、尻込みし、冴えた返答ができない。

このように、いざ当たり前に知っているだろうと思っていることを質問されたときに、言葉にする前は自信があったのに、いざ言葉にしようとすると答えに窮するという経験は誰にでもあるだろう。知識の錯覚として本書で繰り返し強調される。厄介なのは、最初は知識の錯覚に誰もが違和感を覚えるのだが、出現率があまりに高いため、知らぬうちに錯覚に慣れ、苦しみを感じなくなることである。

認知科学における知性の研究は、脳にとどまらず、身体、環境、そして自分以外の他人も研究対象になる。神経科学が、頭蓋骨によって定められた境界の内側を研究することと考えれば、その違いがわかりやすい。そして、認知科学は一人ひとりの人間のできないこと、すなわち人間の限界を明らかにしてきた。その限界を乗り越えてきた人類の協力と知恵についてもだ。

わかりやすい限界は、一人一人が持てる知識の量である。データ量にして約1GB(1GBのSDカードは1000円未満)しか持つことができないという研究がある。しかし、人類が強力な種であるのは、多数の脳が協力し合うから、他者を使って考えることができるからである。そして、他者と役割分担をし、各々の専門性に精通すると、その共同作業を通じて育まれる集団的な知能は部分の総和を超えるのである。

そして、その協力作業は多くの幸をもたらしてきた。マンモスやバイソンなどの人類より巨大な生物を狩猟できたのも協力作業の賜であるし、ピラミッドや世界中の大聖堂は何十年、ときに世代を超えて週百年の共同作業で建設された。

いっぽうで、協力作業は、自分で判断するのではなく、他者に思考を任せることであり、集団での過ちが起こりやすくなる。最たるものは、属するコミュニティに盲信し、自分で判断することなく集団自殺に巻き込まれることだ。ほかにも枚挙にいとまがないが、世帯を持ち、夫婦のどちらが家計や貯蓄を管理するか問題は興味深い。妻が家計を管理すれば、夫の金融について関心は低下し無知になる、その逆もしかりである。

そして、無知に対して、良い情報を与えることは解決策になりえない。各業界がこぞって社会貢献活動で行う金融リテラシー教育も、科学リテラシー教育も、統計リテラシー教育も、無知の前では無力である。

ここまで述べてきた知識の錯覚は、本当に振り払わなければならいないものなのか、常にできるだけ現実的に考えや目標を持つように努力すべきだろうか、錯覚は無価値なのか、と著者は問いかける。

知識の錯覚は、私たちに新たな領域に足を踏み入れる自信を与える。偉大な探検家が新たな冒険に繰り出すときには、自分の知識を実際よりも課題に見積もっているはずだ。

 

(中略)人類の成し遂げた偉業の多くは、自らの理解度に対する誤った信念によって可能になった。そういう意味では、錯覚は人間の文明の進歩に必要だったのかもしれない。

本書の内容のほとんどは、新しくもなく、どこかで聞くような、自明なことばかりだ。わたしたちがすでに知っていることと矛盾しないし、常識に反するようなものは一つもない。

では、なぜ、著者らはあえて読者が目新しいと思うはずのない考えを提示したのだろうか。

それは、わたしたちは改めて自明なことを考えてみるまで、明らかだと思っていた考えが明らかだとは思わないからだ。自明なことを考える機会はあえて創ろうと思えないものだ。そして、本書を読むことはその機会を作ることである。知識の錯覚をメタ認知し、知らないことを知らないリスクを学び、対処する準備をすることができる。地味だが、費用対効果はかぎりなく高い。

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