【連載】『全国マン・チン分布考』
第2回:「女陰」方言のきれいな円

2018年9月20日 印刷向け表示

放送禁止用語に阻まれた『探偵! ナイトスクープ』の幻の企画が、ついに書籍で実現。かつて『全国アホ・バカ分布考』で世間を騒がせた著者が、今度は女陰・男根の境界線に挑む! 第2回は「「女陰」方言のきれいな円」について。「女陰」の表現は、京を中心にきれいな多重の円を描いていることが明かされる!(HONZ編集部) 第1回はこちら

全国マン・チン分布考 (インターナショナル新書)

作者:松本 修
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2018-10-05
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 「女陰」方言のきれいな円

この「女陰」「男根」言葉は、「消滅の危機に瀕する」方言のひとつとして、文部科学省のバックアップのもと、東北大学教授の小林隆氏をリーダーにして(私と同じ、全国市町村の教育委員会への郵送によって)、2000〜02年に調査された数多くの語彙の中に含まれ、そのデータは早くも2003年に報告書として公開されました。

この成果はさまざまな研究者に活用されています。「女陰」については『方言研究の前衛』(2008)に、中井精一氏の研究報告があります。ただしここでは、研究のテーマも異なり、言葉それぞれの分析や伝播順位などは、いっさい示されていません。

添付された口絵、きれいなカラー版の「女陰 全国分布図」をご覧下さい。これは私が、先述したように、1991年末に募集を呼びかけ、翌92年初頭に回収した資料で作成した「女陰」の方言分布図です。回答者の多くは当時50代以上。なるべくなら地元の年配者を希望して回答を求めました。現代のようにテレビやインターネットなど、マスコミに毒されることの少なかった、戦前に育った世代が多数を占めます。それだけに、歴史的な方言としての資料的価値はきわめて高いものと思われます。(※注:「女陰 全国分布図」は書籍のみに掲載)

「女陰」も「男根」も、ほかの多くの言葉と同様、京を中心にきれいな多重の円を描いて分布していました。「周圏分布」していることは、明らかです。

方言の周圏分布とは、しばしば池に小石が投げ入れられたときに生じる「波紋」にたとえられます。水面のある一定の場所に石を投げ入れると、そこを中心点として、きれいな円を描いて波紋が広がっていきます。同じ場所に、次々と同様に石を投げ入れると、波紋は多重の同心円を描いて周囲に広がってゆくのです。その中心点をなすのが、京の都です。方言の多くは、地方で独自に生じたものではなく、京の都の、はるか昔の遺風を受け継いでいるのです。したがって、京都よりも東にある方言は、原則として西にもあって、古い言葉ほど時間をかけて遠くまで旅するわけですから、東北の北部と、九州の西南部との方言は、まったく同じものである、ということが少なくないのです。こうした方言分布のありようは、「多重周圏構造」と呼ばれます。この驚くべき周圏分布の真実が柳田國男による「カタツムリ」の方言分布を分析することによって1927年に明らかにされたことは、私がかつて調査結果をまとめた『全国アホ・バカ分布考』に詳しく書きましたから、ぜひ目を通して下さい。

ちなみに、1992年にアンケート回答を得た2、300の語彙や文法を分布図にしてゆくと、ほとんどすべてが明確な周圏分布を見せていました。私は「アホ・バカ」を調査した者として、それは当然のことだと思いました。

ただし、かつての国立国語研究所編『日本言語地図』(1966〜74)では、調査語285語のうち周圏分布していた語はわずか30%程度に過ぎませんでした。その調査語には特徴があって、品詞は名詞が半数を大きく超え、動詞や形容詞、形容動詞、副詞などは、かなり少数に留められました。逆に私の調査では、それらをこそ山と盛り込んでいたのです。さらに、おバカと言われようと、「女陰」「男根」といった方言までも。

私が調べた方言は、ほとんどの図で周圏分布していました。その厳然たる事実を目の当たりにして、方言周圏論の揺るぎなき学問的正当性に強く胸打たれました。周圏論を侮り、軽んじる論者(こんな人達も現実にいたのです)は、今こそ論破されねばならないとも考えました。

さて、「女陰」に戻りましょう。「女陰」について、本土に限って、遠隔地から見てみますと、「マンジュー」「ヘヘ」「ボボ」「オマンコ」「チャンベ」「メメ」「オメコ」「オソソ」などが、京を中心にきれいな円を描いて分布していることが分かります。ほかに少数ですが「ツビ」や「サネ」「チャコ」などもあります。これらのいくつもが京を取り囲んで分布するところから、「アホ・バカ」と同様、女陰語も「多重周圏構造」をなしていることは否定しようがありません。つまり、日本の本土の女陰語の多くは、かつて京で栄えた言葉であったのです。 

たとえば東北や新潟に数多い「マンジュー」は、九州西南部の「マンジュー」と一致し、「ボボ」も北関東・甲信越と、九州に濃厚に分布しています。また関東の「マンコ」「オマンコ」は、高知県全域、香川県、愛媛県、山口県、岡山県を始めとする四国・中国地方などに濃厚な「マンコ」「オマンコ」と同一です。いずれも京を中心にきれいな同心円を描いています。「マンコ」「オマンコ」などは一般に、江戸・東京のオリジナルかと勘違いされていますが、それはまったくの誤りで、やはり京生まれであったのです。

ちなみに、「オマンコ」の西日本の分布を、つくづくと実感させてくれる、貴重な文献資料があります。土居重俊・浜田数義編の『高知県方言辞典』(1985)です。この書は、詳細には説明されていませんが、どうやら戦後の早い時期から、60歳以上の地元の人々の協力を得て、高知県内各地の方言を採集したもののようです。素晴らしいのは、各方言を使用する地域をすべて詳細に明記していることです。この本を読めば、ほとんどの市町村でまだ新語かと思われる、関西方言でもある「オメコ」とともに、古い「オマンコ」が併用されている実態が浮かび上がってきます。その記述の詳細を図として図像化してみました。明らかに「オマンコ」は、遠い昔日、京からこの土佐の大地にはるばる旅してきたことが偲ばれるのです。

一方、琉球列島、すなわち旧琉球王国にも、その都であった首里(現・那覇市)を中心とするきれいな二重の周圏分布が見られます。琉球列島には、奄美諸島も含まれます。現在は鹿児島県の奄美地方ですが、1609年に薩摩の島津藩に分捕られるまでは琉球王国に属しており、以来すでに400年以上経っているにもかかわらず、今なお琉球と同じ文化を共有しています。そういう状況下、沖縄本島から南北にはるかに遠い先島諸島と奄美地方が「ピィ」や「ヒー」などであるのに対して、沖縄本島を中心として「ホー」や「ポー」「ホーミ」などが存在を主張しているのです。

(第3回はこちら

HONZにて特別集中連載!

第1回:京都の若い女性からの切実な願い(9月13日掲載) 

第2回:「女陰」方言のきれいな円(9月20日掲載)

第3回:かわいくて優雅な「オマンコ」(9月27日掲載)

第4回:女陰名+「する」だけが「性交する」ではない(10月2日掲載)

第5回:男根語の試行錯誤(10月5日掲載)

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