『両利きの経営』二兎を追いながら、双方を高いレベルで実現していく

堀内 勉2019年03月17日 印刷向け表示
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両利きの経営: 「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く
作者:冨山 和彦 翻訳:入山 章栄
出版社:東洋経済新報社
発売日:2019-02-15
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本書で言う「両利き(ambidexterity)」とは、あたかも右手と左手の両方が利き手であるかのように使えることであり、特に、会社経営における両利きとは、「探索(exploration)」と「深化(exploitation)」という活動が、高い次元でバランスが取れている状態を指す。

両利きという概念は、認知心理学の研究に由来するものである。人間の認知には一定の限界があり、目の前にあるものだけで世界が構成されているように考えてしまいがちである。そこで、なるべく自身の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうという行為が「探索」である。一方で、探索は不確実性が高くコストもかかるため、探索を通じて試したことの中から成功しそうなものを見極めて、それを深掘りし、磨き込んでいく行為が「深化」である。

これを会社経営に当てはめれば、不確実性の高い探索を行いながらも、深化によって安定した収益を確保しつつ、そのバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで実現していくのが、「両利きの経営」である。

既存の成功企業は、勝者であり続けるために必要な経営資源を全て備えている。戦略的なビジョンを掲げ、巨大な金融資本を持ち、賢くて勤勉な人材を大勢抱えている。これらの優位性をもってすれば、たとえ市場や技術が進化しても成功を持続させることができるはずなのに、実際は、イノベーションや変化に直面したときに、なぜか苦戦する。これは、洞察力や経営資源の不足によるものではない。分かっているのにできないのである。

企業の場合、人間と違って成功し続けることへの生物学的な制約はないにも関わらず、順調にいっている組織の中にさえ、滅びゆく傾向を見て取ることができる。本書を読んで改めて気付かされるのは、一般的な企業の寿命は人間よりも短いということである。しかも、人間と違って、その寿命は年々短くなっているのである。

平均すると、S&P500では2週間に一度、銘柄が入れ替わっており、そのペースはどんどん加速している。1970年のフォーチュン500の三分の一の企業が1983年までに姿を消した。これを見て、ある研究者は、「平均的な大企業は規模が大きく、金融資本や人的資本が潤沢であっても、普通の米国人ほど長くは『生存』できない」と言っている。企業というのは、自然人のように寿命があると成し遂げられない目的を達成するために作られた永遠の存在であるはずなのに、現実はそうはなっていないのである。

そして、結論を言ってしまえば、それを乗り越えるために最も重要なのがリーダーシップである。つまり、変化に直面したときにリーダーがどう行動するかが全てなのである。ほとんどのリーダーはイノベーションの重要性を理解しているが、実際には、既存の組織能力の深化と新しい事業領域の探索という二つの課題に対処できていない。

リーダーは、成熟事業で成功する組織を設計すると同時に、新規事業での競争もしなければならい。成熟事業の成功要因は漸進型の改善、顧客への細心の注意、厳密な実行だが、新興事業の成功要因はスピード、柔軟性、ミスへの耐性である。その両方ができる能力が、即ち「両利きの経営」なのである。

これまで、「イノベーションのジレンマ」を克服する方法について多くの議論がなされてきたが、本書によれば、その問題を解決する真の鍵は、両利きの経営にある。イノベーションのジレンマは宿命ではなく、経営のやり方次第なのである。

そして、イノベーションを成功させるためには、組織の構造上、新規事業部門を分離させる必要がある。但し、この場合に必要なのは独立性だけではなく、新規事業がグループ内で認知され、拡大し始めるにつれ、必要に応じて本社の経営資源に十分にアクセスできるようにすることであり、分離と統合を両立させなくてはならないのである。

本書は、イノベーションのジレンマを解決した豊富な事例が盛り込まれた宝の山であるが、その本質を分かりやすくかみ砕いて説明した入山章栄氏と冨山和彦氏の二人の解説も圧巻である。

本書の原書”Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma”が出版されたのが2016年3月であるが、巨大企業が新興企業を前にして力を失う理由を説明した会社経営の理論書である、1997年に出版されたハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(”The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail”)が大ベストセラーになったため、日本においては、その解決策を実例を示しながら解説する実務書としての本書の存在が見過ごされ、翻訳が出版されるまでに3年もかかってしまった。

ところが、イノベーションのジレンマに関しては、グローバルには本書の方がより注目されており、最先端の経営理論に接している数少ない日本人である入山氏は、2012年11月に出版された『世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア』の中で、既に、この「両利きの経営」を紹介しているのである。そうした意味で、本書の邦訳を世に送り出す上で、入山氏の果たした功績は極めて大きいと言える。

そして、入山氏によれば、本書には、以下のような四つの大きな学術的価値がある。

① 世界で初めて両利きの経営を明示的に中心テーマに据えており、しかも、スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授、ハーバード大学のマイケル・タッシュマン教授という第一線の研究者が書いた本だということ。
② 両利きの経営に関する事例を非常に豊富に集めており、これほど多種多様な業界・企業の事例を挙げている書籍は他に類を見ないこと。
③ 両利きの概念以外にも、イノベーションに関する経営学の重要な理論が紹介されていること。
④ 経営学における本書の最大の貢献は、「両利きになるための最大の課題はリーダーシップにある」と結論づけていること。

次に、冨山氏は、本書の実務的価値について、以下のように解説している。

本書で両利き経営の代表企業として紹介されているアマゾンは、誰かが思いついた斬新なアイディアや、テクノロジー・ブレークスルーを「探索」し、それを取り込んで、次々と「深化」させて競争障壁を築いてきた会社である。これをスポーツで例えれば、老練なベテラン選手のような巧みさ、したたかさであり、偶然頼みの破壊的イノベーションシーズを自作することにこだわらない、こうしたしたたかなマネジメント力こそが、日本のマネジメントが学ぶべき点である。

そして、日米を問わず、ハイブリッド型の経営を実践すること、しかもそれを持続的に行う両利きの組織能力を企業が身につけるのは容易ではないことを示しながらも、同時に、経営者次第でそうした能力を獲得することは可能だとして解決策を明らかにしてくれている。実践の書としての本書の価値は正にそこにある。

「元祖イノベーションのジレンマ」のクリステンセン教授も、本書について、「成熟企業にとっての永遠の難題は何か。中核事業を維持しながら、同時にイノベーションを起こし、新たな成長を追求していくことである。本書は、それに対する洞察に満ちた解決策を提供してくれる」 と賛辞を送っている。

成熟企業のマネジメントにあって、本書は間違いなく必読の書(must-read)である。右手と左手を同じように使い分ける能力を身につけ、改良的イノベーション力を基盤としながら、新たな破壊的イノベーションの果実を自社の成長に取り込む経営を実践する知恵と方法論を身につけるために、日本の経営者たちにも、是非一度、手に取ってもらいたい。

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