老舗×伊勢×ADHD×空手×酵母 =『発酵野郎!: 世界一のビールを野生酵母でつくる』

仲野 徹2019年08月06日 印刷向け表示
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発酵野郎!: 世界一のビールを野生酵母でつくる
作者:鈴木 成宗
出版社:新潮社
発売日:2019-07-24
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HONZ代表の成毛眞は間違いなくある種の天才である。マイクロソフトジャパン社長時代の数々の伝説は言うにおよばず、このノンフィクションレビューサイトHONZにしたってそうだ。思いつきがやたらとおもしろい。

そのひとつに『表参道パルプンテの会』というのがあった。2017年の9月から1年間の期間限定で開催された秘密のパーティー(?)である。その目的は、「研究者、一芸に秀でた人、普通のようでとんでもない経営者、ともかく経歴がぶっとんでいる人、出版人など多彩な人たちだけで、おしゃべりする」こと。

なんせおもろい人、というか、変わった人ばかりが参加されていて、極めて常識的な私(←あくまでも自己評価です)は、目を丸くするばかりであった。食べ物、飲み物も最高だったが、中にとてつもなく美味しいビールがあった。それが、伊勢角屋麦酒のクラフト麦酒だった。

そのビールを作っているご当人も来ておられた。なんでも、戦国時代から伊勢にある二軒茶屋餅という老舗の21代目とのこと。筋肉質の体に精悍な顔立ちのええ男である。二軒茶屋餅もさすがに美味しかった。けど、その餅のせいで歯の詰め物がとれてしまったのがちょっと悲しかった。

以後、何度かお目にかかる機会があって、お餅屋さんがどうしてビールを作るようになったのかなど、断片的に聞いていた。それだけでも十分におもろかったのだが、そのフルバージョン、『発酵野郎』は想像以上におもろすぎる本だ。

まず、この本を読んでわかるのは、発酵野郎こと鈴木成宗社長は、何かを始める時にあまり考えない人だということだ。これまでの経験から、考えのない人間というのは、おおよそ失敗すると見ている。しかし、発酵野郎は違う。苦労はするが、努力の末いろいろなことを成し遂げていく。運がいいのか、努力が尋常でないのか、あるいは、考えのなさが突出しているせいか、なにがなんだかわからない。

死ぬ思いでやればこの世に不可能なことはない

その原動力は、わけのわからない自信である。その自信は、主将まで努めた「できることをするのは稽古ではない。できないことをするようにするのが稽古だ」という東北大学空手部での猛練習から得たものだ。しかし、単なる空手バカではない。卒業研究ではシガテラ中毒の元を作り出すプランクトンの研究に没頭した。

卒業後は伊勢に戻り家業を継ぐが、老舗での仕事に満足できなかった。酒税法が改正され、小規模でもビールを造れるようになったと知り、「5年間で世界大会優勝をめざす」とビール造りを開始する。が、そうそう上手くいこうはずもなく、さまざまな壁にぶち当たる。

一時は給料がゼロ、食事は廃棄寸前のコンビニ弁当、散髪は奥さんのバリカン、出張はバス、という生活にまで落ち込んだ。しかし、失敗を繰り返しては克服していった。そして、経営の達人たちに見込まれ、貴重なアドバイスを与えられ、「伊勢角屋麦酒」ブランドを確立していく。もちろん、世界一の座も獲得した。いやはや、すごいおっさんである。

尋常ならざるガッツと努力でなしとげたのではあるが、それだけではここまでいかない。発想の素晴らしさがあってこそだ。ビール世界一を目指すために、まずしたことは、ビールの審査員になること。普通の人はこんな、何様のつもりやねんお前は、と言われそうなことはまずしない。しかし、ビールの品評をするのは審査員なのだから、審査員というアプローチで責めるというのは極めて合理的である。

このあたりまでが、本の前半三分の一くらい。ここからは酵母愛の話がはじまる。そもそも、どうしてビール造りを始めたかというと、大学時代のプランクトン研究から微生物を愛していて、酵母も微生物だから、というのが理由の一つだった。う~ん、微生物フェチなんかぁ。プランクトンと酵母ってだいぶちゃうと思うけど、まぁ、まけときましょう。

伊勢角麦酒のユニークなところは、社長がかわっているというだけではない。畏れ多くも畏くも、伊勢神宮の神域で採取した酵母を用いて発酵させたビールも醸造している。しかし、どんな酵母がビール造りに適しているかもよくわからない。なんと、発酵野郎は、こういったことを学ぶために三重大学の大学院地域イノベーション研究科に進み、博士号を取得する。すごい行動力だ。誰も止める人がいないのか、止めたところで止まらないのか。あるいは、止めても無駄なので、誰も止めようとしないのか。

天然酵母は、ビール造りによく使われる酵母とちがって扱いが難しく、ほとんど使われることがないらしい。が、研究対象とした酵母がビール醸造に適していることを遺伝子レベルで解明し、その酵母を用いて造った HIME WHITE というビールが販売されている。おいしいんですわ、これがまた。

伊勢角屋ビール創業のストーリーが、第一章「餅屋で終わってたまるか」、第二章「ビール造りの天国と地獄」まで。ついで、第三章「ビール・サイエンスラボを目指す」と、第四章「無限の酵母愛を胸に」で、熱き酵母愛が語られる。このあたりで三分の二くらい。ここからが発酵野郎の面目躍如で、第五章「50歳にして自分も発酵してきた」、第六章「伊勢をもっと発酵させてやる」、二章とばして、第九章「オレ流発酵組織論」と続いていく。

いやはや、ホントにどこまでいっても発酵野郎だ。ビール発酵から自分の発酵まではいいとして、周りまで発酵させていく。それって迷惑ちゃうんかい、汗と酵母が匂い立つような発酵野郎よ。そして恐ろしいことに、成毛以上のADHDときている。(これに関しては成毛代表のレビューをどうぞ)

つい先日、東京・八重洲にあるビアレストラン伊勢角麦酒が一周年を迎えた。ひょっとしたら発酵野郎に会えるかもと、出張の帰りにふらっと立ち寄った。すると、いた。発酵野郎がべっぴんさんたちに囲まれて。とても喜んでもらえて、強烈な握手。これまでの人生であんなに強く手を握りしめられたことはない。骨粗鬆症なら骨が砕けてしまいそうな握手だった。この加減しないパワーこそが発酵野郎の真骨頂なのだ。

さて、読んでから飲むか、飲んでから読むか。あなたはどうされるだろう。いや、飲みながら読むのがいちばんか。まぁ、どうでもええわ。なんせ、本と伊勢角屋麦酒、どちらも味あわんと大損でっせ。

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