『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』プロデュースのスリルと快楽

麻木 久仁子2019年10月24日 印刷向け表示
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黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄
作者:春日 太一
出版社:文藝春秋
発売日:2019-10-10
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映画プロデューサー・奥山和由といえば、強烈な個性とリーダーシップで数々のヒット作品を世に送り出す手腕が映画史に残る人物だ。

『丑三の村』『海燕ジョーの奇跡』『恋文』『ハチ公物語』『226』『遠き落日』『無能の人』『うなぎ』『地雷を踏んだらサヨウナラ』などなど。
これまでに100を超える作品を世に送り出した。

「世界の北野」を生み出したのも奥山さんである。『その男、凶暴につき』『3−4×10月』『ソナチネ』は奥山プロデュースである。

映画マニアならぬ、にわか映画ファンでも、監督や主演俳優に並んで胸にその名が刻まれるような存在感を放っていた人といえば角川春樹か奥山和由かというくらい、閉塞感に覆われていた日本映画界を揺さぶった時代がまざまざと蘇る。同時代を生きたものなら必ずや奥山作品のどれかを見ているはずだ。

とにかく奥山プロデュサーの行くところ、常にドラマとトラブルがついてくる。当時でも、数々の映画の製作過程における様々なエピソードがマスコミを賑わせたのを覚えている。
やれ他社のヒット作品を公衆の面前でくさしたとか、やれ北野武批判をぶち上げただとか、果ては監督を押しのけて自分がメガホン取り始めたとか、云々。なぜかいきなりバラエティ番組に出演して話題をさらうとか。鮮やかな手腕を賞賛される一方で、まさに独断専行の目立ちたがりとバッシングもされる。「毀誉褒貶」の人なのである。

その奥山さんが、映画史研究家の春日太一さんを相手に、語り尽くしたのが本書である。
果たして、当時マスコミを通じて私たちが見ていたものは何だったのか。数多くのエピソードの陰に隠されていた真実、奥山さんがあえて口を閉ざし、語らずにいたことが、今ようやく言の葉になった。

それにしても「濃い本」である。

『海燕ジョーの奇跡』では、本物の「暗黒街」に足を踏み入れてしまいながらも命からがら撮影続行、と思いきや藤谷美和子失踪!どう切り抜ける?

『ハチ公物語』では、「ハチ公といえば東急だろう、東急の五島昇と親しいのは東映の岡田しげる社長だ!」と、松竹社員なのに東映の飛び込んで行き…やがて大物たちが次々と動き始めて!

『RANPO』では監督を下ろして自分が取り始めたことでNHKと大激突!ある意味タブーを冒してまでその選択をした真意はなんだったのか。

そしてあの「松竹追放劇」。飛ぶ鳥を落とす勢いかと思われていた奥山プロデュサーは一夜にして松竹を追われ、マスメディアの集中砲火を浴びることになる。あの雪の日の、緊迫した役員会。その後も続いたざまざまな妨害工作。

このほか、数々の作品を語りながら、今まで知られてこなかった様々なエピソードが語られていく。「そうだったのか」「そんなことがあったのか」と引き込まれていくが、やがて浮かび上がるのは、どうしようもなくほとばしる映画への情熱である。いままで一方的に誹謗中傷を受けても反論しなかった奥山さん側から見た景色である。が、けっして暴露ではない。自身の側から見た景色の中で、いかにもがきながら、ただひたすら作品の完成を目指し続けたかが語られるのである。

しかし、プロデュサーって本当に大変。ましてや相手は監督・俳優、そしてシビアな投資家。まあ一歩も譲らないのがデフォルトみたいな人々が次々に現れる。しかし「でもショーケンだもん。希林さんだもん。深作さんだもん。そりゃ仕方ないよね、そう言うよね。そこは拘るよね当然」というしかない人々が相手だ。いやはや世の中では奥山さんが独裁者だということになっていたが、どうしてどうして、よくまあ毎度なんとかしたなあ。それも、ただ調整したりなだめたり妥協したり、ではなく、ちゃんと「奥山作品」として着地させながら、である。

“言ってみれば、風呂敷を広げてみたりたたんでみたりという、相手に夢を強く感じさせながら、それが現実になっていく快楽もちゃんと相手に与えていくという。それでいて夢が夢に終わっちゃったら詐欺師に終わるという、塀の上を歩いているような仕事。監督という仕事とは全く違うものですよね。プロデュースの快楽というのは、そのスリルなんだと思ったんです。常に天国と地獄の間の壁の上を歩いている。”

日本映画史を彩る名だたる映画人との話が綺羅星のごとく出てくるので、全編面白い!
だが、じつは「プロデュサー奥山和由の真骨頂はここだったか」という意外なエピソードもある。それは『226』のときの遺族との関わり。『地雷を踏んだらサヨウナラ』のときの一ノ瀬泰造のご両親との親交。そして山口県光市母子殺人事件に材をとった『天国からのラブレター』のときの、ご遺族である本村洋さんへの思いである。映画製作の陰でここまでしていたのかと、胸を突かれる。奥山さんはほんとうに「熱い男」なのだなあ、そして映画の持つ力をほんとうに信じているのだなあと思うのである。

ここまで、真摯に胸の内を開かせたのは聴き手・構成の春日太一さんの力が大きい。春日さんに向かって話すことで、奥山さん自身どんどん記憶が整理されて、心がとぎすまされて、気持ちが高揚して、次へのエネルギーが充填されていくのがわかる。のべ25時間に渡るインタビューだったそうだが、まさに「奥山和由の25時間」というドキュメンタリーでもある。2020年には大林宣彦監督作品『海辺の映画観 キネマの玉手箱』や、伊藤俊也監督の『日本国憲法』、武正晴監督の『銃 2020』が公開を控えている。楽しみである。

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