突拍子もない質問に科学で答える『ホワット・イフ?』、科学絵本『ホワット・イズ・ディス?』(ともに早川書房刊)に続く、元NASAエンジニアの人気ウェブ漫画家、ランドール・マンローの新しい本、『ハウ・トゥー』が登場した。『ハウ・トゥー』は、「川を渡る」、「ピアノを弾く」、「スマホを充電する」、など、一見日常的な課題を解決するために、あえて「とんでもない」方法を科学を使って探っていく。たとえば、川を渡る場合。「歩いて渡る」や「跳び越える」にはじまり、「川の表面を凍らせる」から、ついには「川を沸騰させて干上がらせる」に至る。そんなことは実際にはできません。本書は、何かを最も効率的に行なう方法を教える実用書ではないのだ。
熱力学の第2法則を説明するのに、川を凍結する話をする必要はない。しかし、この法則のおかげで、川を凍結するには、川の流れほどのガソリンで製氷装置を稼働しなければならないとわかれば、仰天して笑ってしまう。
頭上を飛び回る鬱陶しいドローンをどうやって落とすか。マンローは、ボールなどのスポーツ用具を投げてドローンにぶつけてはどうか、と提案し、さまざまなスポーツの、ドローン攻撃に関する有効性を比較する方法を考案する(これを考案してしまうところもすごい)。本書の「解決策」は、ほとんどが実行できないが、この章の思考実験は、マンローもぜひ現実世界で試してみたいと考え、なんと、テニスのスーパースター、セリーナ・ウィリアムズに協力を打診する。ウィリアムズは快諾し、実験が行なわれる。その顛末が本書で公表されているわけだ。
マンローは少年時代、質問好きで大人を困らせていただけではなく、自分が新しく知ったことを、人に教えて回るのも大好きだった。だが、自分がどんなに面白いと思おうが、相手の興味を引くように話さなければ、誰も聞いてくれない。
物理法則を使って、極端だが面白い方法を考え、それを人に伝えることで、科学って、すごく興味深いんだよ、科学を知っていると、日常のことも新鮮に、面白く見えてくるんだよと、みんなに感じてもらおう。自分が知ったことを、それを知ることのわくわく感までも含めて、人々と共有したい心を今も失わないマンローは、それを実現するこんな方法を編み出したのだ。
本書の各章には、マンローが突拍子もないアイデアをあれこれ思いつくプロセスがほとんどそのまま書かれている。ごく普通のことをやる、できるだけ突拍子もない方法をいろいろと考える(いわば、ひとりブレーンストーミング)。絶対に使えない方法とわかっていても、ではなぜ使えないのか考えてみるのは楽しいし、そのなかでも新たな発見がある。前書きの「こんにちは!」で著者がこだわっている、「知らなかったことを初めて知る」喜びの一例だ。本書を読むだけで、マンローが「初めての気づき」を楽しんでいるのを追体験できる。
そうやって生まれたせっかくのひらめきを、どう見てもダメそうだからと、捨ててしまうなんてもったいない。覚えておけば、いつかどこかで生かせるかもしれないし、似たことを思いついた人(昔の人も含めて)に巡り会って、もっと膨らませられるかもしれない。それに、「同じこと、考えたことあるよ。面白いよね」と、誰かと笑いあえるだけでも楽しい。「川を渡る」の章で紹介される、凧で渡る方法。マンローは思いついたものの、とても実際には無理だと思っていたところ、19世紀に、橋を架ける作業の最初の一歩として、凧で対岸に紐が渡されたという史実が見つかった――誰かが同じようなことを考えていたのだ。
オンラインマガジン《スレート》のインタビューでマンローは、専門家たちにも、自分の研究を市民にもっと知らせてほしいと語っている。専門家の話を聞いていて、「それ、面白いですよね」と感じ、そう口にするマンローに対し、往々にして専門家たちは、「そうですか。思いもよりませんでした」と応じるという。彼らは、市民に自分の研究について話してもわかるまいと決めつけているようだ。しかし、市民は専門家より知力が劣るわけではなく、ただ前提となる背景知識や専門用語を知らないだけで、同じことを易しい言葉で表現すれば、楽しめる話だってあるのだ。それをたとえば、マンローお得意の、極端な例をマンガで描く、あるいは『ホワット・イズ・ディス?』のように、難しい言葉を使わずに説明するなどして、楽しく市民と共有してもらえたら、みんなのアイデアが知恵のミームになって増殖していきそうだ。セリーナ・ウィリアムズや、国際宇宙ステーションのコマンダーだったクリス・ハドフィールド大佐ほか、多くの専門家が彼に共感して、本書に協力しているのは素晴らしい。
読んでみてください。いろいろなことを、こんなふうに自由に考えてみよう。友だちとシェアしてみよう(ただし、くれぐれも、いきなり実験して試したりしないでください)。マンローの世界って楽しいね。なぜかな。と、感じてほしい。すると、ユーモラスな漫画にちゃんと科学が伴っていて、科学を人々と共有するのが何よりうれしいと思う人がこれを書いているのだとわかる。「学ぶ」行為が効率主義的になっては、せっかくの知的冒険が、味気なく退屈な、単なる義務に堕してしまう。柔らかい発想が枯渇した、つまらない世の中になってしまわないように、多くの人に本書を楽しんでいただけたらと切に願う。
2019年12月 吉田三知世
※本稿は、本書内の「訳者あとがき」に加筆したものになります。