最強&最恐のアートディレクターは時代を超える『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』

仲野 徹2020年12月27日 印刷向け表示
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TIMELESS 石岡瑛子とその時代
作者:河尻 亨一
出版社:朝日新聞出版
発売日:2020-11-20
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石岡瑛子、どれくらいの知名度なのだろう。不覚にもまったく知らなかった。あるところで、この本のことが話題になった。誰です、それ?と尋ねたら、あんな有名なデザイナーを知らないのですか、作品は絶対に見覚えがあるはずです。いま展覧会をやってますから行ってみられたらどうですかと教えられた。

東京出張の折りに、その展覧会『血が、汗が、涙がデザインできるか』を東京都現代美術館へ観に行った。先入観も予備知識もゼロだったが、いきなりタイトルがすごい。会場に入ってまず目を引くのは、白い水着をつけた前田美波里資生堂化粧品のポスターである。一定以上の年齢の人は誰もが覚えているはずだ。1966年、わたしが小学校5年生の時のものだが、鮮明に記憶している。

広く明るい第一展示室には、渋谷パルコや角川文庫のポスターシリーズ、映画『地獄の黙示録』のポスターなどが飾られていて壮観である。CMのビデオも流されている。見知ったものもあるし、初めて見るものもある。しかし、すべての作品に共通しているのは、何十年も前に作られたものなのにまったく古びていないということだ。

次の部屋は、レニ・リーフェンシュタールとのコラボレーション。リーフェンシュタール、ご存じだろうか。ナチス政権下で開かれたベルリンオリンピックの記録映画『民族の祭典』でよく知られる映画監督・写真家だ。それから、ジャズトランペッター、マイルス・デイヴィスのジャケット、真っ二つに割れた金色の金閣寺に度肝を抜かれる三島由紀夫を描いた映画『MISHIMA』の装置、コッポラ映画『ドラキュラ』の衣装の展示などへと続いていく。

入場料1800円は高いんじゃないのと思いながら行ったのだが、とんでもない。十分に元をとれたどころか、近年行った展覧会の中で間違いなくトップクラスだ。感銘を受けたのはその作品だけでない、何度も何度も繰り返されたことがわかる、細かな校正指示が書かれたポスターのゲラ。そしてリーフェンシュタールに宛てた手紙。CGなどなかった時代、「もっと立体感を」という指示や、フォントの細かな訂正、色合わせなど、どれだけ大変だったのだろう。そして、手書きの文字はまるでグラフィクスのように美しい。

ミュージアムショップでこの本が売られていた。タイトルにある『TIMELESS』は、時代を超えたデザインをめざすという石岡最大のテーゼ。荷物が多かったのだが、迷わず買った。一刻も早く読みたくなったからだが、その内容は期待を大きく上回るものだった。

石岡は1938年の生まれで、その時代には「図案家」と呼ばれていたグラフィックデザイナーを父に持つ。東京藝術大学美術学部・図案計画科に進み、藝大は「ふつうの人間を創造性をもった人間に“改造”する場」だと考え、徹底的に基礎を学ぶ。

もし私を採用していただけるとしたら、グラフィックデザイナーとして採用していただきたい。お茶を汲んだり、掃除をしたりするような役目としてではなく。それからお給料は、男性の大学卒採用者と同じだけいただきたい

入社面接で伝説の名セリフを放った石岡は資生堂に無事採用され、希望のとおり宣伝部に配属される。文字の研修期間だけで三ヶ月もあったというのには驚かされる。展覧会にあったあの美しい文字はそこで鍛えられたものだろうか。資生堂ホネケーキの宣伝でデビューを飾り、立体を平面に落とし込むという斬新なデザインによる『シンポジウム・現代の発見』の連作ポスターで日本宣伝美術会のグランプリを獲得する。

私が男の十倍くらいすごい仕事をしない限り、あなたたちは私の能力を認めたくないわけですね

こう考えていた石岡だが、受賞により、男の世界であったグラフィックデザイナー界の「ガラスの天井」を一発で粉砕。ついで、『太陽に愛されよう』と題されたキャンペーンで、当時17歳だった前田美波里を抜擢し、そのポスターが盗まれ続けるほどの大ヒットを飛ばしたのだ。

資生堂を退社してフリーランスになり、「石岡瑛子といえばパルコ」あるいは「パルコといえば石岡瑛子」と言われたほど、渋谷パルコを舞台に鮮烈な作品を出し続ける。その頃の肩書きは「ポスターや新聞、雑誌だけでなく、テレビCMからイベントまで、広告キャンペーンビジュアル面すべてを統括する役割」である「アートディレクター」だ。そうしたアートディレクターとして数々の「最強&最恐伝説」を生み出していく。

「レニ・リーフェンシュタールにあまり近づかないほうがいい」という五木寛之の助言はあたっていた。完璧主義者同士がぶつかりあった『ヌバ』の写真展で石岡は燃え尽きる。その頃に出版したのが、構想から約二年がかり、熾烈を極めた「印刷バトル」で仕上げた約3キロもあるビジュアル本『Eiko by Eiko』である。

「黒澤明、五木寛之、イサム・ノグチ、三宅一生、松岡正剛、角川春樹、長澤岳夫、東野芳明、操上和美、坂本龍一、藤原新也、レニ・リーフェンシュタール、沢田研二、糸井重里、田中一光、堤清二」 ため息だ。その冒頭にある『Essay on Eiko』の寄稿者を見ただけで石岡のすごさがわかる。

映画『MISHIMA』が遺族の反対により日本で上映されなかったことをきっかけに祖国に見切りをつけた石岡は本拠をニューヨークに移し、マイルス・デイヴィスやフランシス・コッポラといった大御所たちとの仕事、シルク・ドゥ・ソレイユや北京五輪開会式の衣装デザインなどに携わっていく。共に仕事をすることはなかったが、デザインに尋常ならざる情熱を抱くスティーブ・ジョブスも強く惹き付けた。

その熱心さ故に周囲とのフリクションも多かったのは当然だろう。抜きん出た才能と作品の紹介だけでなく、そういった周囲との軋轢もこの本を非常に読み応えあるものにしている。

私が、自分で自分のデザインが正しい答えになっているかどうかをチェックするときに、マントラのように唱える言葉があります。それは「タイムレス」「オリジナリティー」「レボリューショナリティー」の三つです

自信を持つためには、鍛錬しかない

いい仕事をしようと思えば、つらいのは当たり前でしょう

世の中を攪拌したい

いつも崖っぷちにつま先で立ってる。そんな実感があるわね。ヘタをすると落っこって命を落とすわけだけど、そこに踏ん張って生き残るみたいな、そういう瞬間が何度もある。クリエイティビティの本質はそういうことの中にありますから

このように考えていた石岡は、73歳で膵臓がんにより亡くなった。数多く紹介されている石岡の言葉も素晴らしいが、石岡を取り巻く人たちが語った言葉もきわめて印象的だ。

石岡瑛子について語るなんて困ったことだ。こんなアーティスト、いままでいなかったから   -フランシス・コッポラ-

偉大なる世界文化遺産にして貴重なる絶滅種   -杉本博司-

エイコ、あなたの人生に「イエス」と言うのよ。絶対に自分を否定してはいけない。   -レニ・リーフェンシュタール-

石岡さんという人は、眼もくらむほど「私」というものを信じていたと思います   -原研哉-

本の冒頭には、展覧会で展示されているポスターや舞台装置、衣装のカラー写真がたくさん載せられている。だから、それを見てイメージを確かめながら読み進めることができる。しかし、展覧会で実物を見る方がはるかにいい。

この本を読んでから展覧会に行くか、展覧会に行ってからこの本を読むか。問題はそれだけだ。この本を読まないなどという選択肢はあり得ないのだから。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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