『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』で「働き方改革」を笑い飛ばす

仲野 徹2021年07月27日 印刷向け表示
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働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話
作者:
出版社:株式会社黒鳥社
発売日:2021-06-29
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「交通や通信が発達してきたし、世界中で文明化が進んできてるし、文化人類学でやることがなくなるっちゅうことはないんですか」という不躾な質問を、この本の編者である文化人類学者の松村圭一郎さんにぶつけたことがある。答えはもちろんNO。旧来とはちがった視点からの新しいテーマがいくらでもあるということだった。土佐の居酒屋で飲みながらのことだったので、その鋭い(?)質疑応答の後、具体的な話について聞いたかどうかの記憶は定かでない。けれど、この本を読んで、その意味がよくわかった(ような気がした)。

この本のメインである『働くことの人類学』と題された第一部は、松村さんがMC(と言っていいのか)を務められる「コクヨ野外学習センター」のポッドキャスト番組『働くことの人類学』をまとめたものだ。文具会社がどうして? という気がするのだが、それについては、『これは「発信」ではない』と題されたあとがきで説明されている。

「自社のしがらみから離れて外部を探究していきながら、それを内部に還元する」ために、「働くことの意味や常識を脱構築すること」が目的で、「有益な情報を発信することが第一義では決してない」ものだったらしい。しかし、その「働くことの意味や常識を脱構築する」というコンセプトに「社会が反応」してくれたので、書籍化ということにあいなったということだ。わたしもこの本に激しく反応したい。

そんなだからタイトルに【活字版】とついている。そんなポッドキャストがあることなどまったく知らなかったのだが、この本を読めば目からウロコの話ばかりで、好評であったことがよくわかる。何のために働くのか、こんな働き方があるのか、それ以前に、そもそも働くって何なのか、などなど、さまざまな問いに脳みそがわくわくし続けた。

どうレビューを書こうかと迷ったが、第一部の6つの話について、前から順にごく簡単に紹介していきたい。ただ、いくつかのテーマは、我々の「常識」とあまりに違いすぎて、ちゃんと理解できているかが自分でもようわからん、ということをお断り申し上げておきまする。

ひとつめは、パプアニューギニアのトーライという社会での『貝殻の貨幣<タブ>の謎』について。なんでも、トーライには、中央銀行が発行する普通のお金とは別に、貝殻をヒモで繋いだ貨幣である「タブ」なるものが存在する。そのタブがお金としても使えるというだけでも不思議なのだが、それ以上に面白いのは、結納はタブで支払うとか、死んだら貯めたタブを葬式に来た人に誰彼なく配る、とかいうシステムだ。タブは、単なるお金ではなくて、コミュニティーで生きていくためのシンボリックなものでもあり、極言すればそのために働くという言い方もできるのだ。書きながらも、これだけだといまひとつピンとこんやろうなぁと思うので、興味ある人はちゃんと本を読むように。

ふたつめの『ひとつのことをするやつら』は、タイトルだけでは何のことかわからない。アフリカ南部のカラハリ砂漠に住んでいる狩猟採取民・ブッシュマンについてだ。時代である。ブッシュマンに限らず、狩猟採集民は世界中にいるけれども、100%狩猟採集で暮らしている人はほとんどいないらしい。ブッシュマンは、いまや定住が進み、ほぼ専業狩猟採集ではなくなっているそうだ。ふむ。ブッシュマンといえば、ニカウさんはどうされてるんだろう、と思って検索したら、とおの昔にお亡くなりになっておられました。合掌。

不安定性を生きのびるため、狩猟採集だけの時代から、働き方を専門化しないことが当たり前だった。なので、兼業狩猟採集のようなライフスタイルも容易に受け入れることができる。そのブッシュマンたちは、役人のように特定の仕事に集中する人のことを「ひとつのことをするやつら」と、さも悪口でも言うように呼ぶ。

なるほどなぁ。我々は、ひとつの仕事に専念するというのが良いように思っているけれど、必ずしもそうではないと言われたらそうですわなぁ。ベストセラーになった『ライフ・シフト』を、大昔から先取りしてるようなもんかもしらん。しかし、オフィスワークをしながら、狩猟採集にも出かけるって、ちょっと理解しにくいんですけど…。

『胃にあるものをすべて』はエチオピアのダサネッチという遊牧民、ノマドについてのお話しだ。まず、狩猟採集民と遊牧民は違う。そんなん当たりまえやろ、と思われるかもしれないが、いまひとつ区別がついてませんでした、スンマセン。政府は定住化政策を進めるけれども、遊牧民たちはそれを受け入れることはない。そして、ダサネッチの生活のキーワードは「胃」である。これもちょっとわかりにくいのだが、さまざまな局面で「胃が違うから」を理由に他人の行動をすんなりと受け入れることができる。なんだか太っ腹であるが、これは遊牧社会のための知恵なのだ。どうして胃なのか、それから、ノマドの暮らしはどういうものなのかは読めばわかります。

つぎは『チョンキンマンションのボスは知っている』でおなじみ(?)の小川さやかさんによる『ずる賢さは価値である』で、もちろんタンザニアでのゆるく回す経済のお話し。個人的にいちばん驚いたのは、その次の『逃げろ、自由であるために』で紹介されるフランスに住むモン族についてだ。もともとノマドのように土地を渡り歩いていたモン族であるが、東南アジアからフランス南部に渡ったモン族の人たちは定住してズッキーニ栽培で成功し、いまや、ヨーロッパのズッキーニ生産のかなりを担っている。どうしてそんなことになったのか? その生き様はまさに、自由であるがために逃げ続ける、というものだ。ちゃんと働き、思いっきり休む。その割り切り方がすごすぎる。

第一部最後の『小アジのムニエルとの遭遇』もタイトルからはまったくわからないが、「テクノロジーと共に働くこと」について、ロボットやAIの人類学的な研究が語られている。文化人類学的が対象とするのは、なにも遠くにある部族などに限定されることはないのだ。いやぁ、しかし、「小アジのムニエル」というメタファーは最高に腹落ちしましたわ。

第一部を通してわかったもうひとつのことは、文化人類学者の文化人類学を誰かにやってほしいほど、どの研究者もユニークであることだ。第二部は、その第一部の語り手たちによる座談会だから面白くないはずがない。巻頭には松村さんと芥川賞作家・柴崎友香さんとの対談がついている。それで、計8つの対談だ。柴崎さんは人文地理学出身だけあって、松村さんとのとてもよくかみ合った対話が、この本への期待を大きく膨らませてくれる。

おぉ、そんな社会があるのか! と感動しながら、働くことについてしっかり考えさせられた。きっと、どこにも正解などはない、あるいは、すべてが正解なのだ。なにしろ、自分の仕事、働き方を相対化して考えてみるために絶好の一冊だ。「働き方改革」などという言葉が笑えてくることうけあいですわ。
 

チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学
作者:小川 さやか
出版社:春秋社
発売日:2019-07-24
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 人類学者・小川さやかさんの大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。拙レビューはこちら栗下直也のレビューもあります。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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