『「非モテ」からはじめる男性学』身近なヒエラルキーと支配

中野 亜海2021年11月15日 印刷向け表示
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「非モテ」からはじめる男性学 (集英社新書)
作者:西井 開
出版社:集英社
発売日:2021-07-16
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「非モテ研」というものがあるらしい。正確には「ぼくらの非モテ研究会」という名前で、いわゆるモテ講座ではなく「非モテで悩んでいる人」たちで集まって開催されている。この会の主宰で、筆者でもある西井開さんは臨床心理士であり、研究者であり、そして本人も「非モテ」意識に悩むひとりだ。

たとえば人は、だれそれがモテない、と聞くと「外見が悪いのかな?」とか、「性格が悪いのかな?」とか、「ちょっと気にしすぎなんじゃない?」とか、気軽にそういうことを思いがちである(自分のことは棚にあげて!)。
しかし非モテ研は、そういう「他人からの気軽な悪意」もそこで終わらせない。そこで終わらせるには本人の悩みはあまりにも深刻だからだ。
本書は、「ソイツがモテないのが悪いんでしょ」と他人も本人も思ってしまう非モテというものから一歩先を見て、「非モテ」を明るい場所に出して当事者たちが眺め、協力して真正面から取り組んだ様子をまとめた本である。あいまいなもの、そしてコンプレックスそのものを陽の当たる場所に出すと、どんなことが分かるんだろう。もう面白そうだ。

まず、どうやって「非モテ」を明るい場所に出すのか。
その手法は、「問題の外在化」である。つまり、メンバー間で自分の非モテエピソードや感情を言葉にして、外部から仲間たちとそれを客観的に眺める。「モテないのは自分が悪い」、あるいは「モテないのは女が悪い」というのは思考ストップ状態で、本人もまわりもつらいだけだ。コンプレックスを見つけたら、まず認識!というのは心理学の基本なのだろうか。

心理学的には「コンプレックスは、過去の体験や感情を言葉にしないことから生まれる」らしい。では非モテコンプレックスの言葉にされなかった体験や感情とは何なのか。
「男性たちは何らかの苦悩を抱いたとしても男性的であろうとするためにそれに蓋をしてきた」と最初の方のページに書かれる。なるほど、非モテとは、男らしさを強要されることで生まれるものなのか?

その後、メンバーたちの会話から、子どもの頃に「運動ができなかったから」「背が低かったから」「肌が白かったから」など「男らしくない」とまわりから言われたことが、まずは非モテ意識の大きな原因だということがわかってくる。自分の属するコミュニティがいう「男らしい男」から外れることが非モテの核だそうだ。

しかし、ここで問題がある。「男らしい男」という言葉自体もきちんと定義されていないから、いじめる側によって自由にカスタマイズされてしまう。いじめる側(そのコミュニティの、いわばスクールカースト的なものの上位)は、武器として「男らしさ」という言葉を使うのか! と女の私から見てびっくりする。しかも、それはからかいのような形で言われることが多い。

この現象から、からかいという加害の持つ巧妙な性質が見えてくる。<中略>「理想的な男性の身体はこうあるべきで、そうでないお前はだめなのだ」と。言われた側が抗議したとしても相手は「だってそう決まっているから」と言い返すことができ(匿名的)、結果、言われた側は押し黙るしかない。

みんながもやもやとそれらしいことが思い浮かぶ影響力がある言葉は、その場の有力者によって、他人を支配する言葉として使われてしまうのはよくあることだが、男の世界ではまさしく「男らしい」がその言葉だという。
でも、支配される側は、使われる言葉がそれっぽいだけで曖昧なゆえに、なぜ自分がそう言われるかハッキリした定義がわからないので「自分が周りから劣っている」と思わされてしまう。「非モテ」の前哨戦は子どもの頃から始まっているのだ。
グループの権力者が、ヒエラルキーを作るために「非モテ」といくレッテルを他人に貼るという構図。
そうして、「非モテ」男性は、周辺に追いやられ、仲間でいたいがためにそれを自分でも認めてしまい、大人になっても疎外感から抜け出せない。「男らしさ」という言葉がこのように権力者の武器として使われている様子がよくわかる。

本書の中で印象的なのが、「緩い排除」である。

攻撃してきたりとか、直接いじめてきたりとかそういうことではなくて、入らせない。入ってきても「なんでこいつがいるねん」みたいな感じを出す。そういう雰囲気を。<中略>困惑っていうのかな。悪意というより困惑を示してくる。

そのグループの中心メンバーたちが、具体的なアクションはせず、ただ困惑の色を浮かべるだけにして、特定の人を自発的に追い出す、まさに最強のテクニックである。直接被害者を追い出すと軋轢がおこるが、こうすることで追い出した側が責任感や罪悪感を持たずにすむ。

ここまで読むと、これはもう非モテだけの話ではなさそうだ。非モテとは、ヒエラルキーと支配の結果だったのか。また、こうやって見ると、子どもの頃どれだけの人が、人間を上下関係だけで見る世界に生きていたのかと思う。子どもだけではない、大人も意識的に生きていないと、いつの間にかヒエラルキーのある場所にいることがある。
この本では大人になってようやく上下関係だけの世界から出られた、という語りも多数聞かれるが、押しなべてみんな、子どもの頃ヒエラルキーから疎外された人たちなのだ。結局、人間にいちばん大切なのは、尊敬と尊重で、これをもらえないと人生はうまくいかないけれど、ヒエラルキーのある世界では尊敬と尊重は生まれにくく、貶められた人は劣等感と疎外感にずっと苦しむ。

そうはいっても、非モテ研究会ではまた、女性を女神化したり、加害したことも話す。女性は母性的な存在で、優しく、ケアの役割を担ってくれる、と男性が思ってしまいそれでたくさんの女性側の被害も起こる。ここでもまた「男らしい」「女らしい」という言葉から、ヒエラルキーと支配と勘違いが生まれることがよくわかる。

非モテの中には、いろんな問題が山積みだった。読みながら「非モテ」女性版もあったらいいのにと思う。男性の非モテと比較することで、またヒエラルキーと支配の論理がわかりそうだ。

そしてもうひとつ、最近の本に、他人の気持ちを分かろうとする本が売れてきだしている傾向があるのを感じる。本書を読んで、私が身近な世界だったのにまったく知らなかったことに気づかされたように、大きな流れの中で「自分とは違う他人」の気持ちを知りたいという波が来ているのかもしれない。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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