『つむじ風の向かう場所』を読みながら書くことの効用について考えた

2023年11月27日 印刷向け表示
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作者: 道野正
出版社: 雀苺社
発売日: 2023/10/15
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ご依頼をうけて、キャリアパスとか、人生いかに楽しく生きるべきかとかいう講演をすることがある。我ながら僭越なことではある。ひょっとしたら、面白おかしく過ごしながら、そこそこ業績をあげたおっちゃんと思われているかもしれん。そこはそれレトリックみたいなものであって、本当は血の滲むような努力をし、苦しいことがあっても笑顔で耐えてきたのである。

というのは、やっぱりウソかも。決してそんなはずはないと自分としては思っているのであるが、なんせあの内田樹先生をして、「仲野先生は人生をなめてますから」と言わしめたことがあるくらいなのだから(←ちょっと自慢)。誉められたのか貶されたのか、はたまたあきれられたのか、いまだにようわからんけど。

ともあれ、そんな講演をする時は、2021年3月におこなった定年記念講演の際に考えた『おもろく有意義に生きるための7つのヒント』を軸にしている。「複数の(すぐれた)師匠に師事すること」から「生産性をあげ、楽しみながら暮らすこと」までの7つなのだが、その5番目に「文章を書くこと、できれば他人の目にさらすこと」というのをあげている。今回紹介する本を読んで、その正しさを再認識した。

サブタイトルに『料理人という生き方 2』とあるように、道野シェフは5年前に『料理人という生き方』という本を出しておられる。その時もHONZで紹介したのだが、いろいろな料理をどう考え出したかとその写真、それと自伝的な内容だった。今回の本はちがう。2018年3月から2023年6月まで、折にふれ書かれたさまざまな内容のエッセイを経時的にまとめたものだ。それに、料理やレストランの写真も素晴らしい。

ミチノ・ル・トゥールビヨン、それが道野シェフのレストランの名前だ。メインタイトルの「つむじ風の向かう場所」は、店名、トゥールビヨンーつむじ風を意味するフランス語ーにちなんでいる。最初にタイトルを見た時、一瞬、「つむじ曲がりの向かう場所」の誤植とちゃうんかと思ったことは内緒にしておきたい。って、書いてしもたけど。

当然ながら、料理や料理人に関係する話題が多い。とはいえそれらは半分以下でしかない。家族、特に道野夫人のこと、趣味である釣りのこと、天神祭のこと、心に残るお客さんのこと、新型コロナウイルス感染下での苦労のこと、恩師のこと、などなど、内容はきわめて多岐にわたる。どうしてあの金髪のガラの悪いおっさんがとため息をつきたくなるほど、どれもが心洗われるエッセイになっている。そのうえ文章にキレがあるし、最後の決め台詞がまたいい。

新年の営業が始まりました。道を作るために踏み出します。

いつかやろうと思っていたことを、今年は順番に実行します。そして、態勢を整えて最後まで走ります。

黄昏は美しくありたいと願う日々です。

人を幸せにするためには自分たちも幸せでなければならないと、この頃強く思います。

いつか会いに行きたい人がいて、きっと笑顔で出迎えてくれることは人生を豊かにしてくれる。

「勝てないけれど負けない」、また一年が始まります。

年頭エッセイから選んでみたのがこれだ。ご本人を知る身からいうと、ちょっとかっこつけすぎちゃうんかと思わないでもないが、まぁ出版の祝儀としてまけといてあげましょう。

この本を読むと、その時その時に経験したこと、考えたことをきちんと書き記すというのは本当に大事だということがわかる。7つのヒントに「文章を書くこと」だけでなく、「できれば他人の目にさらすこと」と付け加えているココロは、日記みたいな文章ではだめだということ。他の人が読んでわかるようにまで整理して、筋道の通った文章にしておくことが肝要なのだ。そうすることによって自分の考えがスッキリする。それに、たとえ悪い出来事あっても希望が湧いてくる。

『SWITCHCRAFT(スイッチクラフト)切り替える力:すばやく変化に気づき、最適に対応するための人生戦略』の著者、心理学者であるエレーヌ・フォックス教授にインタビューする機会を得た。そのときにおうかがいしたのだが、イヤなことがあっても、それを書き記すことによって一応のケリをつけて忘れることができるという研究成果があるそうだ。この本に載っているエッセイが書かれた時期、道野シェフにとって最大の懸案事項は、15歳年下の二人目の妻・マダム道野-道野シェフのレストランで素晴らしいデザートを作っておられるパティシエールでもある-のことだった。

すでに道野シェフのページ『シェフからのメッセージ』にブログとしてアップされたエッセイも多いのだが、55編のエッセイのうち約2割もあるマダムについてのエピソードは今回が初出である。その内容があまりに濃くてディープなので、リアルタイムではさすがにオープンにできなかったのだろう。

2019年の春、3年後-3人いる子どもの末娘が専門学校を卒業するタイミング-に旅に出ますと宣言される。それだけでもショックだったが、さらなる衝撃があった。「いつ帰ってくるの?」という問いに、あふれる涙で「もう帰らない」という答えが返ってきのだた。シェフの頭の中は真っ白になる。

今年の桜は悲しくて、散るには惜しい桜です。

お互いが最良の選択をするように、毎日を生きようと思います。

見えない明日はまだ闇の向こうです。

去る人に、頑張れよ、そう声をかけたい。その声がその人にいつもしっかり届くような毎日を、ぼくも送りたいと思います。“

マダムの告白を書いたエッセイから続けて4回のラストセンテンスがこれだ。揺れながらも次第に受け入れていく気持ちが読み取れる。心を落ちつかせながら、過去を振り返り未来を思い描きながら書くことによって少しずつ癒やされていったに違いない。そして3年後、マダムはバイクで日本一周の旅に出た。基本は野宿、心配する道野シェフに「一周だから元の場所に戻ってくる、大丈夫」と、心強く諭してくれた人がいたという。論理的にむっちゃええ加減やねんけど、言うたのは畏友のN先生、どうやら私らしい。う~ん、まったく記憶にないんですけど…。

毎朝、彼女の無事を祈ることで一日が始まります。そして思うのです。「大丈夫だから、僕は君の帰りを待っているから」

今、遠くにいる彼女を、僕は今までになく身近に感じています。

大阪に戻ったら、彼女はまた旅を続けるために出ていくでしょう。でも、彼女の日本一周の旅はもうすぐ終わります。また一緒に歩むことになればいいな。

新しい旅が始まるような気がします。

マダムが出て行った後、こんな思いをエッセイのラストに書き続けるシェフだった。しかし、日本一周の旅を終えて原稿を読んだマダムの感想は「私にはフィクションだね」だったらしい。ひょっとしたら、この本、すべて道野シェフの妄想なのか?それはそれでまたおもろすぎるけど。

機会があればぜひ、レストラン、ミチノ・ル・トゥールビヨンを尋ねてほしい。そこであなたは見るだろう、半年の旅を終えたスーパーカブが美しくたたずんでいるのを。


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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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