100兆円使う前に考えておきたいこと!? 『100兆円で何ができる? 地球を救う10の思考実験』

2024年1月19日 印刷向け表示
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作者: Rowan Hooper
出版社: 化学同人
発売日: 2023/7/25
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未来をあれこれ空想する際、話は断然デカい方が良い。評者の周囲にも投資家はたくさんいるが、彼らはいったいいくら投資するのだろう? 1億円、10億円、100億円? しかし100兆円投資できる資産家は、世界に幾人もいないのではないか。

そこで大金が入る前にちょっと考えておこう。いま手元に100兆円あったら、何に使ったらよいだろう?(How to Spend a Trillion Dollars)。

副題に「地球を救う」とあるように、使い道は「世界のためになること」とする(Saving the world and solving the biggest mysteries in science)。

ちなみに、100兆円とは我が国2023年度の一般会計(114兆円)くらいの額だが、「1年間で使い切るプロジェクト」として大胆な提案を行ったのが本書だ。

10章に分かれたテーマには、「世界から貧困を一掃する」「病気をぜんぶ治療する」など身近なものから、「世界を菜食主義に変える」「別の星に移住する」など荒唐無稽と思われるものまで議論が自由自在に繰り広げられる。

英国生まれの著者はシェフィールド大学で進化生物学の博士号を取得した後、科学ジャーナリストとして斬新な寄稿を続けてきた。他に邦訳で『The Japan Times』連載中のコラムをまとめた『脳とセックスの生物学』(新潮社)がある。

特に、100兆円という具体的な数字を設定し未来へ投資する発想が秀逸で、とんでもない大金を自由に使う爽快感がある。そして100兆円で実現する未来は無限に広がる。

第3章「カーボン・ゼロに向けて」と第7章「わたしたちの惑星を再設計する」では、二酸化炭素の排出量をなくし低エネルギー社会の実現を目指す。

これらは確かに喫緊の課題として大変重要だが、評者が専門とする地球科学では、火山の大噴火によって世界中の脱炭素政策がひっくり返る可能性も否定できない。少し解説しておこう。

現在の地球は氷河期に向かっており、長期的にはいずれ寒冷化がやってくる。そして地球の歴史を見ると、火山噴火が気候変動を起こしてきた事例が数多く残っている。

1815年、インドネシアのタンボラ火山が大噴火を起こした。噴き上げられた大量の火山灰は成層圏に達した後、全世界へ拡散していった。その結果、噴火の翌年から北アメリカとヨーロッパでは何と「夏が来なかった」。

6月に寒波が襲来し8月に霜が降りるようになり、主要作物のトウモロコシが全滅した。カナダのハドソン湾は真夏にもかかわらず凍りつき、船が出航できなくなった(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。

異常低温は翌年の1817年まで続き、北米の農民の多くが西部へ移住した。インドネシアの巨大噴火によって発生した異常気象が、結果として米国西部の開拓を促した、とも言える。こうしてみると、未来に向けて100兆円投資するには、ちょっと危ういかもしれない。

さて、第5章「他の星への移住する」と第6章「地球外生命を発見する」は、NASAを始めとして世界中の科学者が本気で追い求めているテーマだ。さらに第10章「第二の創世記」、すなわち新しい生命体を創るプロジェクトは、AI(人工知能)が席巻しつつある社会の未来を大きく変えるかもしれない。

さて、評者が1つ選ぶとすれば、第9章「ダークマターを解明し新しい物理学を作る」に投じたい。と言うのは、他のテーマは多かれ少なかれ進行中だが、こうした基礎科学のテーマにはなかなか大金が出ないからだ。

もし成功すれば、我々の時代にニュートンやアインシュタインに続く、世界を変える3人目の物理学者を迎えることになる。数百年に1人しか生まれない天才と同時代に生きてみたい!とは思いませんか?

本書は世界全体で投資する設定だが、いま日本で100兆円あったら何に使うべきだろうか?ちょっと真面目な話になるが、被害総額220兆円と試算される「南海トラフ巨大地震」に向けて、早急な準備が必要なのである。

地震後には富士山噴火の追加支出(数10兆円規模)も控えており、今から約10年後には確実に襲ってくる、パスはない!(鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』講談社ブルーバックス)。

ともあれ、本書の提案はいずれもチャレンジングで、知的好奇心を刺激することには違いない。地球の未来に思いを馳せ、人類の夢を実現する思考実験を行う際の好著として、多くのHONZファンに薦めたい。

作者: ローワン・フーバー,調所 あきら
出版社: 新潮社
発売日: 2004/2/27
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作者: 鎌田 浩毅
出版社: 講談社
発売日: 2019/5/16
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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