事実と向き合った時に引っかかるもの、そこに事件の深い闇がある 清水 潔 ✕ 石井 光太
『「鬼畜」の家』刊行記念イベント

2016年10月1日 印刷向け表示

©新潮社

石井: 事件取材では、行く先はみんな同じで、出てくる情報はそんなに変わらないと思うんです。取材力があるかないかではなくて、どこに目を留めるか、ですね。高野愛でいえば、服装もそうです。彼女はパートをしていたジョナサンの制服を24時間着ていたんです。僕はなんで周りの人たちが彼女の妊娠に気がつかなかったのかを不思議に思っていたのですが、彼らに言わせれば「24時間ジョナサンの制服でエプロンをつけていたからお腹が見えなかった」となる。

清水: 家でも制服を着ていたんですか?

石井: ええ、寝ている時も着ていたそうです。テレビや新聞では、なかなか服装の描写まではしませんが、こういうところに注目すると事件のわからなかったところや、本人の特性が浮かび上がってくる。呼び名とか、服装とか、そういう細かいところにこそ看過してはいけないポイントがあるはずで、そこにいかに目を留めて、事件の象徴として追うかが重要ですね。

優秀なジャーナリストは「気付く能力」が極めて高い

清水: 僕はそれを「気付き」と言っています。優秀なジャーナリストやライターは、「気付く能力」が極めて高いのです。石井さんの本を読んで、「すごくよく気付いてるな」と、僕も勉強になりました。ジョナサンの制服を家でも着て、しかもそのまま寝ているというところは何かの破滅の始まりを感じる、大事な視点です。

そういえば、下田の事件の章は、ジョナサンの描写から始まりますね。制服を着たウエイトレスがいて、同じファミレスで毎日働いていたその女が、勤務中に破水して、家に帰って産んで殺してしまう。このファミレスに足を運ぶかどうかがこの事件を書く上で、決定的な違いになる。おそらく新聞記者は行かない。取材に行ったとしても、今そこで働いているウエイトレスの動きから、本人へ思いを馳せる記者は少ない。

石井: 足立区の事件でも、妻の母親はすごかったですよ。ひたすら鼻をかんでいて、目の前にティッシュのタワーが出来ていきます。あるいは、50歳ちょっとなのに歯が一本もなく、入れ歯もしない。いろんなところが明らかにおかしいのですが、新聞記事では書く必要のないことかもしれません。ただ先ほど清水さんは破滅の始まりとおっしゃいましたが、ティッシュのタワーや歯も、その象徴のひとつだと感じます。

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