事実と向き合った時に引っかかるもの、そこに事件の深い闇がある 清水 潔 ✕ 石井 光太
『「鬼畜」の家』刊行記念イベント

2016年10月1日 印刷向け表示
 

©新潮社

清水: 例えば警察記者クラブの記者たちは、事件を取材する事件記者ではなく、警察を取材する「警察記者」になってしまっています。「○○署が100人体制で捜査している」とか、「逮捕状を請求することが分かった」といったスタイルですね。つまり、いつの間にか取材している対象が、「事件」ではなく「捜査状況」になってしまっている。それにも意味はあるんですが、一方で、推定無罪の原則が本来はあって、逮捕されたからといって確定したかのように犯人扱いしていいのかという問題もあります。

いずれにしても、本として世に出されるノンフィクション作品であれば、事件のことを深く知りたいという共通の関心を持った人たちが読んでくれますが、テレビのニュースなどは、いきなりお茶の間に飛び込んでいきます。そこにいる視聴者の幅は広いのです。「犯人扱いしていいのか」という人から、「こんな犯人をなんで許しておくんだ」という人までいる。この幅に対応しなければなりません。当然、被害者の存在も忘れてはなりませんし。その難しさがあります。

多くの事件で「真犯人」は見過ごされる

石井: 取材をしていくにつれて、殺された子供たちへの思いが膨らみました。たとえば、厚木のネグレクト事件で殺された齋藤理玖君(死亡時5歳)。彼は2年間、真っ暗な部屋に閉じ込められ、餓死して7年間発見されませんでした。ただ、理玖君の気持ちを考えたときに、はたと思い至ったんです。理玖君は最期まで、父親が帰ってくると、「パパ、パパ」と言って喜んでいたといいます。ということは天国にいる彼は、自分を放置して餓死させたお父さんであっても「もう一度会いたい、遊びたい」と言うのではないかと。自分を殺した父親を恨んでいたのかどうか……。だから犯人とどういう距離を取って書いたらいいか悩みました。清水さんにも、こういう葛藤や悩みはありますよね。

清水: もちろんです。話に出た厚木の事件では、まず母親が子供を置いて家出してしまいます。その後に理玖君が亡くなる。被告となった父親は、「なんで俺ばっかりが責められるんだ」と訴える。冒頭を読んだときには、「そりゃ責められるだろう」と僕も思ったんですが、ページをめくっていくと、だんだん彼のおかれた立場が分かってきます。女房がいなくなって仕事もしなきゃならない中で、自分なりにがんばって何年かなんとか育てていたのも事実。それが結果的に死んでしまったからといって、どうして俺一人のせいなんだ、最初に放り出した妻に責任はないのか、というわけです。でも刑事事件とは、そういうものです。先に逃げた母親は法律上は、罪に問われない。

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