『戦士の休息』 - 映画を語る落合博満がスゴい!

2013年9月11日 印刷向け表示
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戦士の休息

作者:落合 博満
出版社:岩波書店
発売日:2013-08-29
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落合博満が、映画を語る。これだけでも十分に意外性があるのだが、そこで紹介されている映画がさらに意外なものばかりであったから、二重の意味で驚いた。

 

現役時代はオレ流を謳い、監督時代は日本シリーズで完全試合目前のピッチャーを降板させた男。そんな数々のエピソードから、どんな極論で煙に巻くのかと思いきや、ベタとも思えるような超定番作品が相並ぶ。紹介されているのは、三船敏郎からジブリ作品、『チキ・チキ・バン・バン』から『アベンジャーズ』まで。これらの作品をまるで野球帽をかぶった少年のように、嬉々として語るのだ。

 

「映画との付き合いは野球よりも長い」ーーそんな落合博満の嗜好性を簡単にまとめると、監督ではなく役者で映画を選び、その基準はカッコイイかどうか。時代の風雪に耐えてきた「偉大なるマンネリズム」をこよなく愛し、同じものを時間を置いて何度も見るといったところだろうか。

 

たとえばマカロニ・ウェスタンに代表されるような勧善懲悪、『男はつらいよ』に見られるような予定調和、これらの魅力を以下のように語る。

”知っている俳優が出演して、ほぼハッピーエンドになるのだろうという、私が抱いているハリウッド作品に対する安心感があるのだ。これが老舗、本場、あるいは歴史や伝統の醸し出す魅力なのだろう。”

”老舗とは、顧客や世間の趣向の変化にも動じず、「時代は巡り、また元に戻るんだ」と意地を張って同じ形の商売を続けるものだ。だからこそ、また時代が戻ってきた時に、その歴史と伝統が醸し出す安心感に人が集まるものではないか。私自身は、こういう部分での”保守的感覚”は大いに必要だと考えている人間だ。”

要は、ワンパターンな展開を「老舗の安心感」へと変換し、映画というエンターテイメントが持つ最大の魅力と捉えているのである。「偉大なるマンネリズムを追求することこそが、プロフェッショナルの仕事」とまで言い切れるのは、常にタイトル争いのメンバーに名を連ね、「またあいつか」などと言われながらも、三度に渡り三冠王を取った男ならではの台詞か。

 

一方で本書は、個性的な映画ガイドであると同時に、落合博満の野球観に触れられるというのも魅力の一つと言えるだろう。

 

ヒーローのオールスターもの映画、その代表例とされる『アベンジャーズ』。この映画が上手くいったのは、なぜ今この時期に集結するのかという理由付けが明確であったからだという。そこから話は、昨今では新鮮味がないと批判も多い、プロ野球オールスター・ゲームの話へと展開する。どんな世界にも急速に発展する時期や停滞する時期があり、今ここでオールスターに手を加えるのは得策ではないというのが、落合の持論だ。

また、新作映画のTVCMが過剰であるという批判も耳が痛い。映画の魅力は、はじめから”わかっている魅力”と”わからない魅力”が両立していることなのに、過剰に見せすぎだと言うのである。ここから話題はセ・リーグでも行われるようになった予告先発の話へ移り、ファンから先発投手を予想する楽しみを奪ったとして懐疑的な姿勢を示す。

 

それにしてもスポーツというドキュメントの世界に生きてきた男が、フィクションやファンタジーに一体何を求めてきたというのか。この点について、映画の楽しさは「やっぱりそうだよな」と自分なりに納得することではないかと説明しているのが、実に興味深い。不確実な勝負の世界に生きてきた男が、確実なる「お約束」を求めていたとは、いかに純粋に映画を楽しんできたかということの証しではないかと思う。

 

さらに、全編を通して伝わってくるのは、落合博満の「時の流れ」という時間軸に対する強い意識だ。

”実話や史実に基づいたストーリーならば内容自体が歴史であるし、たとえフィクションやファンタジーでも、その作品が作られた時代背景が歴史として残される。人間がどんな世の中に生き、そこで何を考え、どういうことをなしてきたのか。それらを記録して後世に語り継ぐのが映画の役割だと考えている。”

もはや語るまでもないような当たり前の中に、首尾一貫した視線で凄さを見出す。その純度の高さは映画や野球の枠組みを超え、普遍性のある人生のアドバイスへと昇華される。だから、若い世代に「ひと昔前の人たちは何を考え、どんなものを残してきたのかということを知る姿勢を持って欲しい」と語るオレ流の弁は、胸に響く。

 

現役時代から、「誰もがそう考えるから」という物事に対して、自分自身が理解し、納得できる理屈を見出さないと気が済まない性格であったことは有名な話である。日本シリーズ前の監督会議では、7戦全てが引き分けになったらどうなるのかと審判団に詰め寄ったこともあった。

 

このように野球を追求していく中で用いた方法論は、高校時代の映画の味わい方が土台になったという。かつて村上春樹は、29歳の時にヤクルトスワローズのデーブ・ヒルトンが二塁打を打った瞬間「悟った」と言い放ち、デビュー作『風の歌を聴け』を書き上げたというが、落合博満もまた映画によって野球に大切な何かを掴み取ったのだ。

 

映画を通して、自分の野球観や人生観を伝える。それがただの自慢話に終始しないのは、野球を極めた男にしか振る舞えない、映画のプロフェッショナルに対する強い敬意が表れているからだろう。本書で映画の素晴らしさとともに描かれているのは、自分にとって門外漢の領域を語るときの賢者の作法だ。映画人が見落としがちな魅力や課題を、ファン目線で主題化していること。そこに映画評論における、落合博満の凄さがある。

 

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