『ウルトラマンが泣いているー円谷プロの失敗』 栄光と迷走の50年

2013年7月30日 印刷向け表示
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ウルトラマンが泣いている――円谷プロの失敗 (講談社現代新書)

作者:円谷 英明
出版社:講談社
発売日:2013-06-18
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ソフト人形を買い集め、イベントに足を運んだ。幼少時の憧れだったウルトラマン。本書を読んで驚いた。ウルトラマンは怪獣との戦いが長引き、ピンチになると胸の発光体であるカラータイマーが点滅して音を発するが、生みの親である円谷プロダクションの経営は私が幼少時に夢中になっていたときから、カラータイマーが鳴りっぱなしだったのだ。著者は円谷プロの元社長。「特撮の神様」と呼ばれ、同社創業者の円谷英二の孫だ。内部の人間だけに、お家騒動の記述など鵜呑みにできない点も多いのだが、元経営者だけに同社が経営的に凋落していくさまは生々しい。円谷プロが約60年健在だったのは逆に奇跡的に思えてくる。

円谷プロの最大の特徴は特撮技術だった。大掛かりなセットはもちろん、特筆すべきはビルや木など構成される一つ一つまで精巧に作り込んでいることだ。とくにこだわりを見せたのが壊れ方。鉄塔が怪獣の吐く光線で熔け落ちるシーンでは「鉄なのに燃えてはダメだ」というわけで、いろいろな素材を試してロウで作ってグニャリと溶けるようにした。ビル街のミニチュアは軽くて加工しやすい材木を使っていたが、飛び散り方が不自然という理由で、試行錯誤の末、ウエハースで作るに至った。想像を絶する細かな作業が必要なのは素人でも容易に想像できる。

当然、そのこだわりは経営基盤を揺るがす。初期のシリーズ(1960年代後半)では1話30分の制作費が1000万円の一方、テレビ局から受け取るのは550万円。1時間ドラマの制作費が500万円あれば足りた時代である。シリーズを重ねる度に、制作費はその後、雪だるま式に膨れあがっていく。作れば作るほど赤字が拡大する仕組みだったのだ。

一族を中心とした放漫経営も赤字の垂れ流しがとまらなかった一因だ。ウルトラマン関連のレジャー施設には儲からなくても惜しみなく金を注ぎ込む。一族の機嫌をひたすら伺う役員はやりたい放題で日が高い内から帰宅する者も少なくなかったという。

それでも、倒産せずに踏みとどまったのは、ウルトラマングッズやキャラクターのロイヤリティビジネスに早くから乗り出していたからだ。先見の明はあったが、制作の赤字を玩具で十分過ぎるほどに補填できたのだが、円谷プロには悲劇だった。いつのまにかテレビから派生していたはずのキャラクタービジネスが、コンテンツ作りよりも優先される。これは「よくある話」だし、ある意味、王道なので否定する気はないが、円谷プロの場合は極端だった。

近作では、玩具中心に話が設定され、デザインは「おもちゃ受けする」が最重要事項になった。必要もない乗り物がクリスマス商戦前に劇中にいきなり多数登場するなど「玩具を売るために話をつくる」といういびつな構造に陥った。

本書には円谷プロのターニングポイントがいくつか出てくる。英二の後を継いだ息子の円谷一の急逝、初期の脚本を担当していたTBSとの決別、大量の演出家の解雇、そして大株主東宝との対立。海外進出の判断ミス、著作権ビジネスへの中途半端な注力。どこで道を間違えたかの解釈は読み手の立場によって異なるかもしれないが、経営が浮き沈みが大きく安定しなかったことだけは確かである。

ウルトラマンは本来、単にウルトラマンが怪獣を倒して、「メデタシ、メデタシ」の単純な話ではなかった。正義と悪の二項対立でなく、「元々、悪い奴はいない」という製作者のまなざしが子供と一緒に大人が見ても楽しめる評価を生んだ。経済成長などのひずみが生み出した弊害を怪獣や敵という形で描き続けたのが、初期の「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」、「怪奇大作戦」であり、現在の再評価につながっている。

ただ、その過程では、効率性を求め続けた時代背景からか、仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズのようなわかりやすく単純な勧善懲悪物に人気を奪われていった面もある。ウルトラマンシリーズは先鋭化した作品などを試みるが、00年以降はテレビ放送を毎年確保できない状況に甘んじ、07年以降はしばらく遠ざかった。テレビが全てではないが、仮面ライダーやスーパー戦隊のテレビ放送が継続していたのとは対照的だ。

作品のこだわりと経営上のコスト、そして時代の変化。単純化してしまえば、過去の成功体験が大きかった故に、「夢を売る企業」だけに折り合いをつけられなかったのだろう。ただ、効率性の追求の弊害を世に問うた「ウルトラマン」が効率性の波に呑み込まれていく姿は情緒的だが何とも切ない。著者の見方は一面的ではあるが、その苦悩が映し出されている。。

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