『怪獣生物学入門』怪獣映画・怪獣ドラマの魅力を探る!ヒット・重版記念イベントより

2020年1月9日 印刷向け表示
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ゴジラをはじめ、怪獣たちを最新の生物科学で徹底的に考察する新書『怪獣生物学入門』。ヒットと重版の決定を記念して、著者・倉谷 滋さんと、本書へ推薦文を寄せた映画監督・樋口真嗣さんとのトークショーが三省堂書店池袋本店で開催されました。

初対面であることを感じさせない絶妙のシンクロ率で、リミッター解除のノンストップ怪獣談義が展開された模様を、ダイジェストでお届けいたします。(HONZ編集部)

怪獣生物学入門 (インターナショナル新書)

作者:倉谷 滋
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2019-10-07
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怪獣を動物の延長で語れるか?

倉谷:はじめまして。緊張しますね。

樋口:はじめまして。よく(倉谷先生が在籍する)理化学研究所の門を叩くんです。『シン・ゴジラ』(2016年)を製作するときにもお世話になりましたし、今回撮影している『シン・ウルトラマン』(2021年公開予定)でも、怪獣というよりも、そもそもウルトラマンという存在の科学的な裏付けのため、別の先生にお話をうかがいました。

倉谷:怪獣映画は、何はなくとも科学を背景にしたSFであってほしいと思いますね。1954年に、東宝の製作で初めてゴジラが登場したときも、デザインや設定は古生物学がもとになっていたと思います。

樋口:イグアノドンですね。のちに骨盤の向きが間違っていたことがわかるんですが、それ以前の想像図をもとにしている。だから、その後修正された頭と尻尾が天秤のように水平になった姿勢ではなく、直立に近い姿勢で、尻尾が地面に垂れていて、地面の上を引きずって歩く。それが、僕らが子どものころの恐竜の姿でした。

倉谷:『ウルトラQ』(テレビ作品 1966年)の辺りまで、怪獣は古生物学や実際の動物学をもとに作られてきましたね。

樋口:『ウルトラQ』の前半がそうでしたね。東宝から怪獣の着ぐるみを借りてきて、それに角やいろいろな物を付けていました。だけど、途中で東宝の人がかけもちをできなくなったので、成田 亨(とおる 故人)さんという、武蔵野美術大学で彫刻科出身の方がデザインを手がけられるようになりました。今でも美術系大学の学生が我々特撮の現場に入ってきて、そこで人生を狂わせちゃうことがあるんです。『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』を手がけている林田裕至さんというデザイナーは、東京藝術大学の油画科の優秀な学生だったのですが、在学中から映画の美術に携わるようになって、そのまま人生が狂っちゃった。(笑)

倉谷:僕は『怪獣生物学入門』の中で、立場上、怪獣を動物として見たときに、その形態が進化の結果としてできた形であるとするなら、どこまで科学的に説明できるかを考えました。怪獣は動物の延長で、進化した形かもしれないし、まだ人間が知らない一歩先の変異体かもしれない、と。

樋口:そういう思考実験ですよね。

倉谷:この間、大阪の万博記念公園にある国立民族学博物館へ行ってきたんですよ。特別展の「驚異と怪異」というのがありまして。そこでは、世界のいろいろな地域のいわゆる怪物たちが飾ってあって、中にはモロにキングギドラを連想させるような、たくさんの首を持つような怪物もありました。

樋口:ヒドラ(ヒュドラーなどとも。ギリシア神話に登場する、9本の首を持つヘビの怪物)も首がたくさんありますね。

倉谷:そう、首がたくさんあるヘビやオロチの系譜には、全世界的な広がりがありますね。忌まわしいものであったり、逆に魔除けにも用いられる。最近思うのですけど、『ウルトラマンA』(テレビ作品 1972~73年)に出てきた、あのいわゆる「超獣」というのは、東南アジアからニューギニアにかけて見られる、いかにも悪魔的な魔除けの仮面とか装束をもたらしたものに近い世界観じゃありませんか?

樋口:そうですね。目玉がギョロっとしていて。

倉谷:『ウルトラQ』から『ウルトラマン』(テレビ作品 1966~67年)ぐらいまでは、アメリカでの放映を意識して作られていたような感があるのですが、あの『ウルトラマンA』あたりから東南アジアのほうを向き始めたように感じてたんです。

樋口:ウルトラセブン(『ウルトラセブン』テレビ作品 1967~68年)が従えているカプセル怪獣に、ミクラスという頭がでかくて寸詰まりの怪獣がいるんです。あれが、まさに東南アジアのバリ島のお面ですよね。『ウルトラマン』では科学特捜隊というチームがあったりして、デザインの中にもサイエンスというか、要は金属的なものがあって、それなりにサイエンスの香りがありました。すごく即物的ですけど、当時はそういったミクスチャー(混合)があったと思います。

倉谷:成田さんのデザインには、昆虫の身体の一部をカメに組み合わせるとか、面白いキメラ(複数の異なる遺伝子が混合して形成される個体)的要素を感じます。「ああいうハムシがいるな」と思って見ていたら、それが爬虫類の体になって、ベル星人になってしまうというような……。

樋口:成田さんがご存命の頃に何回かお話をうかがったんですけど、やはりデザインには苦労されたそうです。怪獣って、四足歩行したり、尻尾があったりするわけですが、人が入るのだから、どうしても膝をついてしまったり、前足が出てしまったりする。それをどうやって人が入っていると感じさせないようにするか。わざと、先のほうを逆に曲げてみたりすると、どこか神様が悪戯した感じの形になるんです。

 

ウルトラマンが怪獣に正面から向かっていかない理由

樋口:着ぐるみを使うことに対して、「それが日本の伝統だ」という感じがずっと続いてきたのですが、かつて自分は懐疑的だったんです。日本は着ぐるみに固執しているからダメなんじゃないか、と。まだCGもない時代、アメリカではまったく違うことをしていて、操り人形を床下から棒で操作して動かすようなことをしていました。人形を少しずつ動かしてコマ撮りする人形アニメもありますね。

倉谷:日本では『スペクトルマン』(テレビ作品 1971~72)や『魔神ハンター ミツルギ』(テレビ作品 1973年)で人形アニメをやっていましたね。

樋口:人形アニメというと、すごい夢のない話ですけど、アニメーターの方が動かすので、結局、人形を動かしやすい大きさにしてしまうわけですよ。『ミツルギ』でいうと、人形は動かす人が触ったときに、感覚として手でつかめるくらいの大きさでなければならない。そうすると、人間の片方の手を広げた分か、両手を広げた分か、それくらいの空間で動かすというのが、やりやすいそうです。ところが、その程度の空間で撮影しても、大きく見せることができない。レイ・ハリーハウゼンの映画では、モンスターを大きく見せるために、前後に実写で撮ったフィルムを重ねたりしたんですけど、そこまでやると、時間がかかってしまいます。

倉谷:ハリーハウゼンは、私は『シンドバッド七回目の航海』が最初だったんですが、あれをテレビで最初に見たときは、すごいと思いました。中に人間が入っていない分、プロポーションが独特で。ただ、動いているときに、どうしても足が地面にベタっとくっついている感じがする。あまり飛び跳ねてないんですね。

樋口:『ミツルギ』は人形アニメーターの真賀里(まがり)文子さんという方が手がけていましたが、テレビのスケジュールなので、週に1本作らなきゃいけない。ところが、人形アニメをまともにやろうと思ったら、1週間で10秒分くらいしか撮影できないそうです。確かに、人間が歩くときは片足が浮いてるんですよね。それを再現するためには、人形を吊らなきゃいけない。

でも、ミツルギは吊ってないんですよ。1週間で10秒分しか撮影できないっていうときに、吊る工程まではやってられない。それで、摺り足というか、足を浮かせないでベタベタと地につけた動きになってしまう。決められた予算と時間の中で、どうやったら、それが成立するかというところから逆算しなきゃいけない。そうすると、日本の場合、人形アニメよりは着ぐるみでやるのが一番いいだろうということになってくるんです。

私が『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)を撮ったとき、着ぐるみに関して最大の問題がありました。実は昭和の時代に製作された『ガメラ』では、着ぐるみの頭が重いのでピアノ線で吊っていたんです。それでは動きも制約されるし、時間もかかってしまうので、現場に悪影響を与えてしまう。結局、この作品では吊らない選択をして、頭を動かすシーンはほとんどありません。

倉谷:ウルトラマンで言うなら、対峙した怪獣がピアノ線で吊られていた場合、手を出してはいけない所が出てきてしまうということですね。

樋口:よく見ると、正面からいけば絶対に勝てそうなのに、ウルトラマンは必ず脇から行くんですよ。(笑)

倉谷:糸があるから、行けないわけですね。

樋口:行けないんです。触っちゃいけないんですよ、そこは。(笑)

倉谷:では、CGはどうでしょう? CGはCGで見事な動きを実現しているのだけど、僕はいつも二つの点で問題を感じているんですよ。一つは、どのモンスターも同じような動きをする。様式化されてしまっているというか。もう一つは、人間では絶対にこういう視点の移動はないだろうというカメラワークです。東宝の映画では、カメラの位置を低くして「あおり」で撮ったり、手前の模型を大きく作ったりと、いろいろな工夫でもって、ゴジラの巨大感をリアルに演出している。ところが、最近のハリウッド作品『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)を観ると、ゴジラがキングギドラと戦っているシーンの視点の移動が激しくて、いったい誰の視点で撮っているのかと思ってしまう。ついて行けないんです。

樋口:ゲームをやってる若者たちの動体視力に合わせてるのかもしれませんね。

倉谷:ピーター・ジャクソン監督の『キング・コング』(2005年)でもCGで恐竜が描かれていますが、バスタトサウルスは5頭ではなく1頭でいいと思いました。あの頃、僕は『岩波 生物学辞典』の編集をしていたんですけどね。ページ数の制限があるというので、どれだけ行数を削れるか、いらないものはどんどん削るという仕事をしていたせいか、あの映画を観たときに「これ、4頭削らなきゃダメだな」と。(笑)

樋口:映画を観ながら、「これいらないな」と添削作業が入る。(笑)

倉谷:それに、キング・コングはバスタトサウルスを次々に4~5頭倒してしまう。つまり、1頭1頭が大して強くないわけです。

樋口:最近、とみに感じることです。強いやつを登場させているはずなのに、戦うときに数が多いと、1匹1匹が強く見えなくなる。自分たちの仕事というのは、勝てそうもない敵に主役が挑んで最後に勝ちますというところから逆算して、相手のほうが強いという大前提をどうやって切り崩し、どうやって勝たせるかということを決める作業なんですよ。そこで一番やってはいけないことは、「相手が弱い」ということ。

着ぐるみに生命を吹き込む

倉谷:どうしても言っておきたいのが、着ぐるみ俳優の中島春雄さん(故人)が、『緯度0大作戦』(1969年)でグリフォンの中に入ったときのことです。あれはライオンみたいな怪獣で、潜水艦・黒鮫号を破壊するんですが、そのときの手の動きがモロにネコ科の猛獣なんですよ。ひょっとしたら、動物園でライオンの動きを研究されたか――しかし動物園のライオンはあまり動かないから、家でネコとじゃれて研究されたのか。やはり、人間だからこそ表現できる独特な動きというのがあって、分厚くて動きづらい着ぐるみの中からでも、俳優が想像を超える演技を見せてくれることがある。それに比べると、CGは結局作っている人間のイマジネーションを超えることはできない。

樋口:『ガメラ』を撮っているときに、どうしても人間の動きが見える瞬間があるんです。それをどうやって削っていくかが課題でした。もしかしたら、吊ったりするのが一番いいのかもしれないと思いながら、それは最後の手段だろうという気持ちもある。そうなると、人間がどこまで人間じゃない動きをやれるかにかかってきます。

倉谷:僕なんか、ゴジラを愛しすぎちゃっているので、中に人が入ってるようには見えませんよ。(笑)

樋口:この世界で仕事を始めたころ、僕はバイトで着ぐるみを着せたり脱がせたりする係でした。そのころ、薩摩剣八郎さんという方がゴジラを演じられていたんです。当時のゴジラは、子ども向けに路線変更したことが批判されていたので、何とかリアルな生きものらしく見せようと徹底していました。そこで薩摩さんは監督から「ケンちゃん、肩が動いてる」と、言われるんです。人間は何かをするときに肩を動かしてしまうけど、ゴジラは肩が動かない。肩を感じさせちゃいけないと。

ようは体幹の問題です。生きものって、体が揺れても頭はあまり動かないじゃないですか。どちらかを向くときにも、頭を軸に体の向きを変えるということがあると思うんですけど、着ぐるみの頭の位置は人間から見て頭一つ分上にあって、しかも重い。それをどうやってグラグラ揺らさないようにするかが大事です。さっき、僕が撮った『ガメラ』三部作の一作目のときの話しをしましたが、二作目から何をやったかというと、人間の頭とガメラの頭が連動する仕掛けをつくりました。

倉谷:なるほど、車のパワーステアリングみたいなものですね。

樋口:頭の動きの比率を変えて、着ぐるみの頭が先に大きく動くようにしたんです。造形を担当した原口智生さんのアイデアで。すると、ヘビが狙いをつけるときのような動きを再現できるので、撮ってるうえで頭の揺れに振り回されるストレスは軽くなりました。

 

脳が拒絶する、実写に紛れ込むアニメ

樋口:怪獣映画の対決には系譜があって、プロレスの影響で「キングコングのあとはモスラをゴジラと戦わせましょう」と対戦カードを作るようなところがありました。なぜかというと、ピン(一種か一頭のみ)の怪獣映画が当たらなくなってきたからです。ところで、東宝最後のピンの怪獣映画が何か知ってます?

倉谷:『宇宙大怪獣ドゴラ』(1964年)!(笑)

樋口:そうですよ、『ドゴラ』!

倉谷:好きなんですよ、もう。

樋口:『ドゴラ』こそ、まさにピンの怪獣映画の終着駅、最後の作品なのですが、子どものころは観ることができない幻の作品でした。図鑑や何かを見ると、スゴイ絵が載ってるんですが。やたらでかいクラゲのような怪獣が空に浮いていて、触手で新幹線を吊り上げたり、東京タワーをへしおって、さらにそれを吊りあげたりしている。しかも、それは一見写真なのに、よく分からない質感なんです。あとで知るのですけど、エアブラシで描いたイラストなんですよね。モチーフになったクラゲみたいに透明で、体内に何かよくわからないものがいっぱい透けて見えてる。

倉谷:クラゲと同じだとすると、やっぱり細胞外基質(細胞の外に存在する繊維状・網目状の構造体)でしょうかね。

樋口:当時、ドゴラは柔らかいビニールで作ったんですかね。水槽の中でああいうユラユラした動きをさせたのだけど、それでもうまくいかないところがあって、若戸大橋って北九州にできたばかりの吊り橋の橋脚をからめとるシーンは、アニメですからね。あのアニメが怖いんですよ。ちょっとね、ゾクゾクするものがある。
言ってしまえば、特撮は着ぐるみも含めて実写じゃないですか。そこに紛れ込むアニメって、気持ち悪いんですよ。『マグマ大使』(テレビ作品 1966~67年)でも、マグマ大使のお腹からミサイルが何本も飛び出すところがあって、あれもエアブラシで描いたアニメなんです。子どもながらに「俺は何を観てるんだろう」と混乱してしまうんです。脳が判断できないっていうか。(笑)

倉谷:『マグマ大使』は好きでね、よく観てました。ルゴス2号という宇宙人がもう怖くて。

樋口:人間モドキとか、怖いんですよね。ちいさい黒い影みたいなものが歩き回ってる。あれもアニメで、ちょっと脳が拒絶する。脳が判断を保留するという感じになってしまう。ああいう脳が困る感じのものを、どうやったら表現として作れるだろうかと、いつも考えてるんです。

倉谷:人間モドキがやっつけられて溶けるときに、固まったハチミツみたいなものがトロッと出てくるけど、『ドゴラ』をリメイクするなら、ああいうものがドゴラの中から出てくるといいですね。そこだけはCGじゃなくて、実写でやってほしい。

樋口:発泡スチロールにシンナーをかけて、溶けていくのを撮影するだけみたいなものも、昔はいっぱいありましたね。

倉谷:白い液体か泡か、それをかけられると溶けていくってパターンが怖いんですよ。

樋口:「シンナー特撮」と呼ばれている(笑)。

『ドゴラ』好き必携の『怪獣生物学入門』

倉谷:樋口監督には、怪獣映画の文化を絶やさないでくださいということと、『大怪獣バラン』(1958年)と『宇宙大怪獣ドゴラ』のリメイクをしてくださいとお願いしたいですね。

樋口:『ドゴラ』ですか、やっぱり。私としては、今日は倉谷先生と初対面ですけど、めちゃくちゃ面白かったので、もっと語りたいんです。みんなで映画を観て、そのあと語るとか、そういうイベントもやりたいですね。『バラン』を語るとか、『ドゴラ』もいいですね。

倉谷:僕は『怪獣生物学入門』を書きながら「これで『ドゴラ』のDVDがもっと売れるようになるのかなぁ」などと考えたりしていたんですよ。

樋口:オビの推薦文を書くときにゲラを読ませていただきましたが、明らかに途中から脱線してますからね、『ドゴラ』の所で。(笑)

倉谷:そうでした?

樋口:ええ。科学者としての、研究者としての冷静さを欠いてますからね。(笑)世の『ドゴラ』好きは、この本は必携ですよ。

特撮で描くべき生物像とは?

倉谷:最初、『ゴジラ』は恐竜をなぞったかたちで生まれてきましたが、今、僕らが理解している恐竜とゴジラのかたちは乖離してしまいました。『ゴジラ』が作られた当初は、原爆であるとか、いろいろな思いはあったかもしれないけど、同時に人々の心の中に恐竜のようなものを見たいという気持ちがないと、あのようにはならなかった。だから、生物学的なロマンというのが一方であって、もう一つは、さっきお話しした民族学博物館で展示されていた人間の根源的世界観のように、なんともいえない、心の奥のほうからフツフツと湧き出てくる畏れを具象化したかのごとき異形の存在も大きい。つまり、生物学と心の中間にあるのが怪獣かなと思います。

樋口:人間がいるから怪獣が生まれるとか、人間の社会があるからこそ、そのしわ寄せを被った何かが怪獣になってしまうような気がするんです。もしかしたら、そういうものが怪獣の定義付けになるのかな。特撮で描くべき生物像というなら、自分は、物語に出てくる怪獣に生きものとしての習性をもっと採り入れていきたいと思ってるんです。

倉谷:かといって、生物をただ単に巨大にさせただけでは面白くない。巨大なクモの不気味さや巨大なモグラの不憫さのように、それはそれで面白いというものは、50年以上も前に『ウルトラQ』がもう見せてくれた。やっぱりその先へ向けてSF感に満ちた奇想天外なアイデアに満ちた怪獣を考え出してほしいと感じますね。なかなか、話が尽きないですね。

樋口:じゃ、続きはまた。

倉谷:はい、是非やりましょう。

倉谷 滋(くらたに・しげる)
形態進化生物学者。国立研究開発法人理化学研究所 開拓研究本部主任研究員。1958年、大阪府生まれ。京都大学大学院理学研究科修了、理学博士。琉球大学医学部助手、ベイラー医科大学助教授などを経て、1994年、熊本大学医学部助教授。2002年より理化学研究所チームリーダー、2005年、同グループディレクター。著書に『ゴジラ幻論』(工作舎)、『進化する形』(講談社現代新書)、『地球外生物学』(工作舎)などがある。

樋口 真嗣 (ひぐち・しんじ)
映画監督。1965年、東京生まれ。1984年、『ゴジラ』に造形助手として参加。同年からガイナックスでアニメ制作に携わり、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)などで活躍。1995年からの特撮映画『平成ガメラシリーズ』三部作の特技監督として注目を集める。2012年に犬童一心監督と共同監督を務めた『のぼうの城』では日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した。2016年の『シン・ゴジラ』に続き、2021年公開予定の『シン・ウルトラマン』で監督を務める。
決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!

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