これからの技術革新!『はみだす力』

2013年11月27日 印刷向け表示
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はみだす力

作者:スプツニ子!
出版社:宝島社
発売日:2013-11-18
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あるチームに異分子を投入することで、そのチーム全体がゆさぶられ成長するのであれば、はみでた人間は強力なカンフル剤と言えるだろう。

映画『スティーブ・ジョブズ』の主演男優アシュトン・カッチャーが、技術企業Lenovoのエンジニアになった。もちろんアシュトンを招いたLenovoが期待するのは、技術的なスキルや専門知識というよりも、画期的イノベーションに必要な異分子としてだろう。

ほとんどの場合、パラダイムシフトを起こすのは業界外の人なのです。21世紀は門外漢の時代なのです。

これはパラダイムを説く、未来派主義の作家兼映画監督Joel A. Barkerが述べた言葉だ。

本題に戻るが、本書表紙のモデルでありバラのドレスをまとった女性が、著者スプツニ子!本人である。著者は28歳にしてMITの助教に就任したアーティストであり、RCA(英国王立芸術学院)の作品がMOMA(ニューヨーク近代美術館)に展示されるなど、いわゆる花型的人生を送っているように見える。しかし本書を読めばそのエリートイメージは吹き飛ばされる。本書はこれまでのコンプレックス満載の自分から、それをどう乗り越えてきたかの自叙伝である。

「難解な問題をわかりやすい表現に置き換える」作品スタンスが本書にも反映されており、とても読みやすい。しかし、本書がいわゆる女性が女性のために贈る「元ミスコン系女性指南書」と一線を画すのは、彼女がスーパーウーマンでもなんでもなく、ハーフとして生まれ、日本の教育制度に馴染めず、それゆえ子供時代から苦労し、努力を重ねて、枠を逸脱してこないと生きられなかった生の哲学が描かれている点だ。

日本人の父、イギリス人の母に育てられた著者は、学校では常に「はみでた存在」として扱われてきた。ハーフ特有の、英語と日本語の言語の悩み。また充分モデルでもやっていけそうな現在の容姿からは想像し難いが、学生時代の「ブス」の称号。本人はイギリス人的パンク精神に則り、学生時代は頭を角刈りにしていたそうだ。

だが両親が数学教授という数学至上主義の遺伝子は引き継いでいた。彼女は根っからの理系オタクなのである。一心不乱に何かに打ち込む姿は、古今東西どれもが美しいはずだが、スポーツや音楽に比べて「科学に青春を賭ける女子高生」の姿は、理系女子=非モテ系のように日本では良しとしない風潮がある。(言わずもがなHONZと真逆)実際に彼女は、高校時代に買ってもらった彼氏=iMacを相手にText-to-Speechというテキスト入力を読み上げるシステムで、自分に「I love you 」と喋らせ自身を励ましていた。

高校・大学を卒業し、RCAの時代になっても著者は一貫してはみだすリスクをとり、努力をし続けた。作品タイトルも「生理マシーン、タカシの場合」や「チンボーグ」など、一見なんじゃこりゃと思わせるようなアイデアも、彼女なりの取捨選択と、今の社会性にあうか?もっと改良の余地はあるのか?など突き抜ける努力の結果である。そうした行動から、彼女に協力者も現れてくる。RCAで出会った教授は彼女のセンスを見抜き、DVD『ロボゲイシャ』を薦めるほどでもあった。

得意なプログラミングを武器に、やりたい事の核を発見した後はひたすら情熱的に突き進む。その様子に、思わずページをめくる手も熱くなる。また「型を知らないと、型破りになれない」など、メジャーな型破りになるための理論的思考にも感心する。そして付き合う彼氏は、家は必要ないと定義し車上生活するホームレスだった、などユニークネタ満載なので是非本書で確認してほしい。

その道をつくるのも一つの方法だし、自分の居場所を変えるのも一つの方法だとも語る。そんなスプツニ子!流はみ出し方のヒントが、本書では随所に見られる。なかでもチームを組む事に彼女は重点を置いており、はみ出す事は社会をイノベートするということでもあるが、何でもかんでも自分の努力でなしえる事には限界があり、それを可能にするには様々な専門家とチームを組むべきだと主張する。そのため著者は1人で出来ることは少ないと悟り、SNSを活用して創作活動を展開する方法をとった。

全然関係ない話だが、私が母校とする美術大学にも、著者のような可能性ある人達が沢山いた。芸祭では様々な作品が展示されてあったが、ひとつ印象に残る作品があった。それは万華鏡の形で、中を覗くと陰毛が入っており、タイトルに「ちんげ鏡」と書かれていた。しかし、今思えばその作者も「はみ出す力」をきちんと身につけて製作していれば、もっと世に展開できていたのではないかと頭をよぎってしまう。おそらく著者からは「私の崇高な芸術と一緒にしないでほしい」という声が聞こえてきそうであるが。

だが世の中の常識から、まったく新しい道なき道をみつけるのが芸術家だとしたら、著者の「これでいいのか?」と常に疑問を投げかける表現は、小綺麗にまとまりがちな現代社会への大きな刺激となるだろう。ある意味中途半端なポジションにいる人、そんな生き方をしている人にとっても本書は確実に効果的だし、なにより他人と違ってる自分を良しと思えるようになる。

読み終えた後は「とにかくやってみよう!」とエンジンがかかるだろう。それだけ文章にはスピードとパワーが備わっている。そもそも自分ひとりが殻を破ったところで、まわりの皆はさほど迷惑しないはずだ。行き詰まったら、はみ出して異分子になり世界をゆさぶるくらいの人生も悪くないのではないか。

自分を貫き、人のつながりの大切さを説く、彼女の魅力満載な一冊。

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スプツニ子!オフィシャルサイト

http://sputniko.com/

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