『2050年の世界地図』 -北緯45°の時代

2012年4月9日 印刷向け表示
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2050年の世界地図―迫りくるニュー・ノースの時代

作者:ローレンス・C・スミス
出版社:NHK出版
発売日:2012-03-23
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本書は、2050年における地球の状態を予測する本だ。現在のデータから将来の状態をシミュレーションする、ということで、ドライブにたとえて言うなら、「前方を見る」とか「地図を調べる」ことに相当するだろう。そして、本書に書かれているのは「ここから先の道は大いに曲がっています」という内容だった。今までまっすぐだったから、これからもまっすぐだ、という話ではない。「具体的にこんな感じで曲がっていきます」という数字つきだ。たとえ話にしたらよりわかりにくくなったような気がするが、いずれにしても、地球全体の大潮流を予測する情報がまとめられていて、非常に参考になる本だ。

2050年までに起こる地球環境の変化により、「ニュー・ノース」と呼ばれる北緯45度以上の地域の人間活動が増え、そこの戦略的価値が上がり、経済的重要性が増すという。国名で言えば、アメリカ・カナダ・アイスランド・グリーンランド(デンマーク)・ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシアあたりだ。この8カ国が、北極をぐるりと取り囲む「環北極圏」を形成する。筆者はUCLAの地理学教授で、この「環北極圏」における水文学・氷河の融解が及ぼす影響などを研究してきた。研究活動で得た知見を用いて、今後40年間にどのようなことが起こるかという思考実験をしたものが本書である。

この40年間の予測は、ある前提に基づいたものだ。

  • あまりにも急激な技術の進歩(常温核融合がエネルギー問題を解決する等)は想定しない
  • 想定外の事件(第3次世界大戦・疫病の流行・隕石の衝突など)は発生しない
  • シミュレーションモデルが信用できる

このようなルールを決めることにより、「話としてはおもしろいが実現可能性は低い」というシナリオは排除し、実際にありそうなシナリオを検討することができる。

本書では、まず始めに、地球環境の変化によって結果的に北緯45度以上の地域が重要性を増す外部要因(プッシュ要因)について考え、次に、第2部において、ニュー・ノース地域そのものが魅力的な地域へ変化する内部要因(プル要因)について検討している。これに引き続き、第3部が、「想定外」を想定した予備シナリオの検討と、全体的なまとめになっている。

この検討を行っていく上で本書が面白いのは、

  • 人口構成
  • 天然資源
  • グローバル化(世界をより相互に関連させる経済的・社会的・技術的プロセス)
  • 気候変動

の4つを「グローバルな力」として、この4つの切り口から検討を進めていることだ。著者は理系の教授だが、

ひとつの壮大なアイデアではなく複数の議論に目を向けることによって、重要な主体を見過ごす可能性を減らし、専門分野を極めた「ハリネズミ」は、広い分野の知識をもつ「キツネ」に比べて将来の予測を誤りやすいという、いわゆる「キツネとハリネズミの罠」に陥らないようにする

と書き、人口構成、天然資源の将来見通し、エネルギー、水問題、経済のグローバル化、移民、気候変動などに関して縦横無尽に見解を述べていく。本人も、理系の専攻に属しているにも関わらず、永久凍土の融解が与える影響を記録する目的で、先住民へのインタビュー取材を行っている。文系・理系の枠を超えた大きなゴールを目指すのは(ジャレド・ダイアモンドも所属する)UCLAのスタイルだろうか。

「4つのグローバルな力」が地球環境に与える具体的な影響はどれも大変興味深く、なかなか全ては紹介しきれない。2,3紹介すると、これから途上国が発展して消費が先進国並みに追いつくと、世界の消費は現在の11倍になり、それは即ち、1000億人分に相当する需要が発生することに等しい。世界は今後、この問題に対応していくことになるだろう。2050年時点で、人口1000万人以上のメガシティは27都市で、その多くは現在の途上国に存在している。先進国は高齢化し、途上国からのグローバル移民を効率的に受け入れる国が最もうまくいく国だろう。そして、北極圏は、最も人口増加率が高い地域になる。エネルギー源に関しては、2050年までに(太陽電池等の)再生可能エネルギー源が、石油等のエネルギー源にとって代わる見込みは「ない」。石油の供給が減った場合には、石炭や天然ガスがこれまでになく注目されるだろう。天然ガスは(比較的)クリーンで効率も良い。石炭は最も汚染をまきちらす物質だが、埋蔵量が非常に多く、今後の消費量が増えざるを得ないかもしれない。その場合には如何に汚染を防ぐかが重要となる。ニュー・ノース地域では、アラスカの石油、ロシアの天然ガスの新規開発が極めて有望になっている。水不足については「バーチャルウォーター」の考え方が有効かもしれない。最後に、気候変動に関しては、北極圏地域の温度上昇が、世界のどこよりも大きい。温暖化した北極圏では、海運業がより発達し、グリーンランドではジャガイモやラディッシュやブロッコリーが収穫できるようになってきている。

本書の原書が刊行されたのは2010年だが、水害の恐れがある都市としてバンコクを挙げ、原子力には安全性の問題が未だに残っていると指摘する等、既にこの2年で内容の妥当性が示されてきている。そして、本書の最後の1文は「私たちはどんな世界を望むだろうか」だ。著者は、現在から2050年を見通すシナリオを予想し、多くの情報を提供してくれた。そのシナリオを参考にして、どのような世界が好ましいかを決めるのは私たちだ。ドライブにたとえるなら、さて、どうしましょう。

エネルギー資源はもとより、原子力・水産資源・森林資源等まで含めて解説している。今回の『2050年…』と合わせて読むと補完される情報があっておもしろい。

ウェザー・オブ・ザ・フューチャー―気候変動は世界をどう変えるか

作者:ハイディ カレン
出版社:シーエムシー
発売日:2011-09-07
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こちらも2050年における地球の気候について書かれた本。日本の気候はどうなるのだろう? HONZ久保のレビューはこちら

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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