著者のアンドリュー・キンブレルはアメリカの市民運動家にして弁護士である。どこかの国の総理大臣と官房長官のイメージが重なり、胡散臭さを感じてしまう。企業や官僚は悪ときめつけ、大衆の漠とした不安を煽り、ことが成就すると権力の亡者となる、という印象が強い。
実際、本書『すばらしい人間部品産業』では最先端科学であるバイオテクノロジーなどに対し、無責任な科学界や強欲な企業と非難しながら、議会は規制を強めるべきだと主張するのである。
にもかかわらず、本書を手に取ったのは分子生物学者の福岡伸一氏が「私の問題意識はこの本から始まった」と言明しているからだ。福岡氏は原書を見つけ出し、日本でも読まれるべきであると思い、自分で翻訳し、翻訳書の出版社を探しだしたという。
著者はまず血液や臓器移植ビジネス、胎児マーケットなどの現状を報告する。つい最近も中国の学生がiPad2欲しさに自分の腎臓を売ったことが報道されていたが、これは氷山の一角だ。本書には身の毛もよだつような実例が満載だ。胎児への尊厳を失ったあげくに、その頭骨をイヤリングにした芸術家の事例まで紹介している。
遺伝子特許や特殊な病気にまつわる法律問題も一般に報道されていることよりも、かなり深刻なようだ。特殊な白血病患者から脾臓を取り出し、細胞を培養して商業化しようとした大学に対して、その患者は30億ドルの分け前を求めて訴訟を起こしたという。
著者は本書の後半でこのような人間部品産業化の原因を、近代科学の父であるガリレオから、アダム・スミス以降の自由市場主義にまで拡大して探ろうと試みる。この文脈をたどると福島原発事故にも通じることに気づかされる。科学技術と経済学という思想は人類の永遠の課題であろう。
多様な科学技術に対する価値観が存在することを理解したうえで、ビジネスに落とし込むためにも、本書を一読することをお勧めしたい。
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本書に取り上げられている事件は膨大で、そのいちいちが目を見張るものだ。
非常に珍しい高濃度のB型肝炎ウィルス抗体を持つ男が、自分の血液470CCあたり6000ドルで売る商売を始め、ついには他の人の珍しい血液を売る会社を設立した話。
無脳症の子供を妊娠した両親がそれを知り、他の赤ちゃんへの臓器移植をするために妊娠中絶をしなかった。しかし、脳幹は存在するため産んでも死ぬことはなく、両親は出生時脳死の判定を裁判所に求めた事件。
白血病の置かされた11歳の娘を助けるために、次の子供をつくった夫婦の事件。両方とも自分のこどもとはいえ、臓器目的の「胎児飼育」のような事態が生ずる可能性があると著者は指摘する。
人工授精で凍結胚をつくり、その親権を巡って離婚した夫婦が争う事件。
などなど第1章からすこし抜き出しただけでも、目を見張るようなケースが取り上げられている。本文ではご時世に合わせて茶化しているが、著者は弁護士であるがゆえに、これらのケースを事件として見ていて、その視点がじつに面白い。ノンフィクションライターが書いたものとは一線を画すのである。
本書はひさしぶりのおすすめ本である。