ヒト・マイクロバイオム・プロジェクト

2013年3月25日 印刷向け表示
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『完全なる証明』『フェルマーの最終定理』『バースト!』『宇宙創成』『暗号解読』『ビッグバン宇宙論』『世界でもっとも美しい10の科学実験』『代替医療のトリック』「不思議宇宙のトムキンス』『悪霊にさいなまれる世界』『DNA』……。挙げればきりがないほどの名著の翻訳を手がけている、サイエンス・ノンフィクションにおける日本一の翻訳者、あの青木薫さんの連載が、いよいよHONZで始まります。題して「青木薫のサイエンス通信」。海外の科学記事から気になるトピックを取り上げ、ちょいとゆるい感じで紹介してくれます。

 

第一弾では、「人体に住まう細菌ワールド」を取り上げます。うーん、興味深い……。

 

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ところで(唐突(^^ゞ)近年、アメリカのヒト・マイクロバイオム・プロジェクト(ヒトゲノムの後継計画)の関係もあって、マイクロバイオムの話題がいろいろあるようです。細菌ワールドの存在自体は顕微鏡の発明と同時に、うすらぼんやりと知られ始めたわけですが、人間との関係ということでいうと、ようやく近年、新しい手法を駆使することによって、新たな世界がみえてきたと言う状況のようです。(一ヶ月ぐらい前のニューヨーカーの記事にあったことを、記憶で書いています)

 

基本的なファクトをざっくり述べると、人体には、ざっと一万種類ほどの細菌が棲み付いていて(少なくとも、抗生物質が使われる始めた二十世紀初頭には、一万種類ぐらいいたらしい)、人体と(そして細菌同士が)相互作用しており、その(人体に住み着いている細菌の)重さだけでもざっと二キロぐらい(脳みそ分くらい? )あるのだそうです。この細菌はどんな相互作用しているのか、人体にどんな影響を及ぼしているのかは、二十一世紀の今となっても、実はよくわかっていないというのが真相のようです。ていうか、急速にわかり始めているんですね。

 

たとえば、世界中で一年間に一万人ぐらい死ぬという、重症の腸炎があるんだそうです。ひどい炎症を繰り返すので、炎症が起こるたびに手を尽くすのだけれども、決定的な治療に至らない……。それで、研究者たちは藁にもすがる思いで、糞便移植(家族などから、腸内細菌叢をもらう)ということをやってみたら、なんと、二十数件の全てが成功したらしいんです。他の施設でも、八十%を超える治癒率らしくて、それってもしかして、炎症の原因は、「ある種の細菌が足りないということ?」

 

その他にも、片耳だけ炎症を繰り返す人が、健康な方の耳から耳垢を移植したところ、長年苦しんできたしぶとい炎症が治ってしまったというケースもあるそうです。これもまた、「むしろなんらかの細菌が欠落していることのほうが、原因なの?」という話。

 

要するに問題は、細菌叢というのはエコシステムのようなもので、とても複雑だということ。そして、どのような状態にあるのが健康な状態なのかは、まるでわかっていないということなんですね。どういう状態が健康な状態なのかわからないのだから、病気といっても、いったい何が悪いのかわからないわけです。まずは、健康な状態のエコシステムを把握することが、急務ということになりますね。

 

で、その相互作用というのが複雑で、細菌エコシステムの状況によって、特定の細菌が人間の健康に役立ったり、逆に悪さをしたりするらしいのです。たとえば、シニアな人々にとっては厄介なピロリ菌ですが、これすらも、悪者とばかりは決められないらしいのです。とくに乳幼児にとっては、ピロリ菌が存在しないことが、喘息や、その他いくつかの慢性病と関係しているらしいことが、予備的な研究からわかってきているようです。

 

また、ピロリ菌は、食欲に関係する二種類のホルモンと相互作用があるらしく、ピロリ菌がないと、食欲を抑えるホルモンが効きにくくなって、肥満しやすくなる、といった可能性も示唆されているようです。

 

ピロリ菌一つをとってもそうなのですが、ともかく、人体に住み着いている細菌は、たとえピロリ菌のようなものであっても、ただただやっつければよい、というほど単純ではないということなんですね。

 

以上のようなことを大ざっぱに押さえておいて、いよいよ身近な問題ですが(^^ゞ

 

マイナスイオン・ビジネスや水ビジネスは日本固有のものとして知られていますが、善玉菌ビジネスはアメリカでも急速に市場を拡大しているようです。エコシステムとしての細菌叢というイメージを持っていれば容易にわかるように、特定の細菌をどっさりとったからといって、エコシステムが健全になるというものではないわけです。たとえば、「カプセル一錠のなかに、善玉菌が十種類たっぷり詰まっています」というようなサプリメントが売れまくる。でも、「よさげな昆虫を十種類、どっさり投入したらエコシステムが健全になる」なんてことはないのと同じように、善玉菌ビジネスには、根拠はないと思った方がよさそうです。

 

たとえば、善玉菌の代表格とも言える乳酸菌系のものも、乳幼児の皮膚病には一定効果があるかも……という程度のエビデンスしかなかったりするらしいんです。それどころか、ある種の心臓病には有害だというデータもあるらしく、人体の細菌エコシステム、一筋縄ではいきません。

 

健康食品というのは、まあ、過剰に真に受けないことですね。なにごともほどほどにってことで(^^ゞ

 

 

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