『正直シグナル』 空気はみんな読んでいる

2013年3月29日 印刷向け表示
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正直シグナル―― 非言語コミュニケーションの科学

作者:アレックス(サンディ)・ペントランド
出版社:みすず書房
発売日:2013-03-23
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「正直シグナル」なんて、どこかの歌の題名のようだ。自分がどれくらい正直なのかをアピールする方法かと思ったが、違うらしい。まあ、そういう人は正直ではない。実際の意味は、全く逆だ。どんなに隠そうとしても無意識に表に出てしまう言語以外の表現を、「正直シグナル」というらしいのだ。もともとは、進化生物学の分野で使用されている用語とのことだ。本書の研究は、それを人間にあてはめる。

「正直シグナル」がわかると何がわかるのか。例えば、企画のプレゼンテーションが良い評価になるかどうかが、「内容抜き」でわかるようになる。また、ミーティングの様子を短時間見ているだけで、「何を言っているのかわからなくても」誰が主導権を持つかがわかる。夫婦の対立の冒頭3分間を聞いているだけで、6年後に良い関係でいられるかどうかがわかる。ポーカーのセミプロの手元に、良い手札が来ているかどうかがわかるようになる。人間は無意識を用いたコミュニケーションを行っており、「意識」は自分の行動を完全にコントロールはしていないのだ。

なぜ、そのようなことが言えるのか。

MITメディアラボの教授である著者のペントランド先生は、「ソシオメーター」という、首から下げる名札のようなものを作った。これには、マイク、加速度計、赤外線モジュール、無線通信デバイスが取りつけられており、身振りや声の調子等の社会的シグナルと、位置を記録することができる。これを用いて、最長1年間、100名以上の参加者と何十万時間にも及ぶ実験で取得したビッグデータから「正直シグナル」の特徴を定量化した。下記の4種類だ。

影響力:自分の発話のパターンが、どれくらい相手の発話のパターンに影響を与えているか。「注意」や「位置決め」に関係する大脳皮質下の状態が関係する。

ミミクリ(真似):相手の行動をどれくらい真似するようになっているか。ミラーニューロンが関係する。

活動レベル:どれくらい活発にテンション高くコミュニケーションしているか。自律神経系が関係する。

一貫性:相手と話をしているときの発言や行動の「リズム」が、どれくらい一貫しているか。小脳、大脳基底核、大脳皮質が関係する。

上記のデータを観察することにより、無意識のうちに行っている裏面のコミュニケーションがわかるようになる。例えば、相手に打診をしたいと思っている人は、「影響力」と「ミミクリ」を使って、無意識に自分のポジションを相手に伝えている。人間が言語能力を取得する前から持っていた能力であり、チームワークを可能にして、集団としてのサバイバル能力を向上させる。

集団としてのチームワークが存在すると、どうしてサバイバル能力が上がるのだろうか?本書は、集団として効果的な意思決定を行うことを「ネットワーク・インテリジェンス」と呼ぶ。有能な集団は、潜在的に、個々のメンバーの実力より賢くなる。この「集合知」の理屈には条件がある。予測が下手な「愚か者」や、お互いに相手の意見に影響されてしまう「うわさ話」の要素を減らすことだ。「愚か者」については過去の実績を考慮すれば対処可能だ。「うわさ」の影響については、「他の人が言いそうなこと」を互いに予想しあったり、他の人と違う意見を言う人を見つけ出したりすることによって対処できる。このようにして「集団浅慮」や「極性化」を防ぐことができれば、集団は、個人より聡明な判断を行う。ソシオメーターによる実験では、個人の5倍の精度で予想が可能になった。

また、本書では、上記「ネットワークインテリジェンス」のメカニズムが個人の脳の中でも起きているのではないかと想像する。『サイエンス』誌の論文によれば、複雑で情報過多な課題の解決においては、無意識の「直感」に基づく思考のほうが、言語による意識的な思考より効果的な場合が多かった。効果的な意思決定を行うためには、意識的に熟慮するよりは、問題を頭の中でころがり回らせ、自分や友人の過去の経験と一致するひらめきの瞬間を追い求めるのが良い。

では、そのようなインテリジェンスを発揮させるためには、どのような組織体制にすればよいか。「ソシオメーター」は各人の位置とコミュニケーション内容を記憶するので、組織構成についても調査が可能だ。創造性が高い組織は、「発見」のための中央集権型の組織と、「統合」のためのネットワーク型の組織を、交互に採用していることがわかった。これは、ミツバチが巣を作る際や原始人の狩猟に通じるものだ。無線通信網が発達した現在、無線デバイスをデジタル神経系として使用し、組織や社会の行動を予測する定量的な科学が可能な時代になってきたという。まるで昨日のレビューで見た「美祢社会復帰促進センター」か『1984』みたいだ。

“ とはいえ現時点では、人間行動の詳細なパターンの分析に基づくデータ主導の社会への移行は、避けがたいように思える。そして、そのような社会が実現した暁には、私たちの生活の仕方が劇的に変わることも確実だ。私たちは、なんという興味深い時代に生きているのだろう。”

これからどのような時代が来るのだろうか。とりあえず、表面的な言葉では表現されない「無意識のコミュニケーション」が実験で示されたということは興味深い。仕事で不思議と成果が出る人などは、本書がいう「正直シグナル」を無意識のうちに適切に出してコミュニケーションしているのだろうか?「カリスマ性」がある人とは、社会的(正直)シグナルを読みとり反応する才能に特に恵まれている人だという。興味深い。説明不可能な直感でリアクションしているということだろうか。本書は、正直シグナルを出しあう人間をジャズに喩える。

“ 彼らはグループ全体の演奏に集中し、お互いに仲間を補うことに全神経を注いでいるので、ほとんど個人として存在するのをやめたも同然だ。ソシオメーターが私たちに教えてくれるのは、周囲の社会的なネットワークに自己が没入している状態が、人間にとっては「典型的」であり、例外的な状況で見られる、珍しい状態ではないということだ。”

じつは、人間が示す「正直シグナル」は4種類ではないそうだ。今回、「スコープに合わない」という理由で外された、大昔から存在する正直シグナルは、「笑い」である。


MITメディアラボ 魔法のイノベーション・パワー

作者:フランク モス
出版社:早川書房
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ほんとうにいろいろな研究が進行中のMITメディアラボ。内藤順のレビューはこちら

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