「もう、ひとりで闘いたくありません……」
「…………え?」
北原みのりさんから電話がかかってきたのは、去年の初夏のこと。北原さんは「韓流はエロである」という書名の本を執筆中で、編集担当の私はここ数ヶ月筆が進んでいないことはもちろん知っていた。理由は、本の中身そのまま「韓流は日本の女たちがはじめて手に入れた〈エロ〉。日本の男も嫉妬でデモなんかしてないで身体を磨けば」との発言をきっかけに、ネット上で約一年間、サーバーがダウンするまでボッコボコに叩かれ続けていたこと。他からは見えない、主に男性からのその個人攻撃は、まるでDVだった。
私の中での北原さんは、ずっと「ラン・ザ・ワールド」のビヨンセだった。男たちの鼻先でメンチダンスを繰り広げる、強く麗しきビヨンセ。私は、その5列くらい後ろに隠れて「(ガールズ!)」と掛け声かけているその他多勢のひとりかも、くらいの感覚。だから、北原さんが叩かれてもどこか楽観していた。こんな状況だからこそ、書き続けましょう!と、5列後ろから掛け声をかけていた。でもいまやビヨンセは、息も絶え絶え弱音を吐いている。
北原さんの希望はそれでも、書くのをやめたいということではなく、他の〈韓流にはまった女たち〉との対話だった。それならばよっしゃ!と集まってくれた女性8人(うちオカマがひとり)が語ってくれたのは、K-POPアイドルの愛で方、惹かれる理由にエロトーク、日本の男と女の問題点、そして朝鮮半島と日本の歴史。韓国を挟んで、日本の女は韓流にはまり、男は愛国に走っている現実。なぜはまったのか、なぜ叩かれたのか、会話を重ねる度に見えてきた。半分くらいは削られる覚悟で最大限過激にまとめた対談原稿は、誰からもほとんど赤が入ってこなかった。
言うまでもなく「韓流=エロ」とは考えないファンはたくさんいる。日本の女が男子を愛でる文化なんて、ジャニーズやそれ以前からなのに何を今さら、という声もある。はい、おっしゃる通り。スターの喉仏に欲情する人もいれば、北極星に愛を例えてもらいたい人もいる。可愛い男の子の前でゲロ吐いて背負われたい!と望む人もいる。全てこれ、女の欲望なり。北原さんのパターンや韓流が、欲望のすべてではない。北原さんを勝手に「女の代表」にしてたのは私だった。北原さんは、みんなで語りたいだけだった。
色々あったが『さよなら、韓流』と改題したこの本が完成し、新大久保の韓流カフェで出版イベントを行った。ほぼキャンセルなし、満席60名の参加者のうち3分の1は韓流に興味のないお客さんだった。それでもあの一体感はなんと説明すればいいのだろう。書店でも、〈韓流コーナー〉よりも〈女性エッセイコーナー〉で売れているようなのだった。
この本は、ひとりの女が韓流にはまった過程を描くドキュメントであり、その考察。それがそのまま、実はこのメルマガの読者にもそんなに遠くない、というか、近すぎて日頃は考えない、考えたくない日本の男と女のドキュメンタリーになっていると思う。どうぞぜひ手にとってみてください。一緒に語ってみませんか。
河出書房新社 松尾亜紀子
*「編集者の自腹ワンコイン広告」は各版元の編集者が自腹で500円を払って、自分が担当した本を紹介する「広告」コーナーです。