冒険者たちのいるところ 『巨大翼竜は飛べたのか』 佐藤 克文

2011年2月10日 印刷向け表示
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恐竜好きはもちろん、科学的仮説検証的思考方法に興味のある人にもおススメ

巨大翼竜は飛べたのか-スケールと行動の動物学 (平凡社新書) 巨大翼竜は飛べたのか-スケールと行動の動物学 (平凡社新書)
(2011/01/15)
佐藤 克文

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「雛を育てている鳥はどれくらいの餌を巣に持ち帰っているのか」を知るためには、何を調べればよいだろうか。餌を取りに行く前と後で体重を計ることができればよいが、体重を量った鳥が都合よく餌を採りに行ってくれるとは限らないし、そもそも同じ個体を2度捕まえるのは大変だ。

最も確実な方法は餌を持ち帰った鳥を殺して、胃の中身を確認することだろう。しかし、このような方法は残酷だし、そもそも希少な種に対しては使うことができない。近頃最もオーソドックスとされている「フラッシング」では、巣に餌を持ち帰ってきた鳥の胃の中にホースを突っ込んで逆さまにして腹を押し、餌を吐き出させる。殺すよりはマシだが、鳥へのストレスが大きく1個体に対して行えるのは1シーズンで1回だけだ。それ以上フラッシングを行うと、繁殖、子育て活動を放棄してしまう。鳥も案外デリケートなのだ。

うーん、困った。というところで登場するのが著者の専門とするバイオロギングサイエンスだ。初めて見るとバイオロ・キングという謎の王様かと勘違いしてしまいそうだが、Bio Loggingが正しい。バイオロギングサイエンスとは読んで字の如く、動物の様々な行動を記録するデータロガーを動物に取り付け、その移動経路や速度について調査し、その生態を明らかにする学問だ。著者は鳥の体重と羽ばたき周波数(1秒間に何度羽ばたくか)の2乗が比例関係にあることを理論的に導き出し、羽ばたき周波数の変化から鳥の体重変化が推定できることを発見した。この方法であれば鳥を傷つけることなく、鳥の採餌行動についての定量的情報を得ることができる。動物の行動を記録するだけでも色々なことが分かるのだ。

本作はそんなバイオロギングサイエンスについて書かれた名著『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』の続編であり、前作を否定する第一章「大きな動物はやっぱり速く泳ぐ」から始まっている。『99・9%は仮説』なのだが、自らの説を変えることは簡単ではない。本書ではデータをもとに、仮説を検証して否定し、新たな仮説を導くプロセスが丁寧に描かれている。様々な分野の第一線の科学者がこのような本を書いてくれれば、日本のサイエンス本ももっと充実するだろう。こんな本が沢山あれば、「理科離れ」はあっという間に解決するのでは。

様々に明らかにされる動物の特性や巨大翼竜の飛翔可能性についての探求ももちろん興味深いのだが、そこに登場する研究者たちも個性的でまた面白い。著者は大学院生を現代の冒険者と呼んでいるが、この就職難の時代にあえて「私の青春をマンボウを追い掛け回すことに使おう」と思える人間は相当なリスクテイカーだ。本人はリスクを取っているとも思っていないだろうけど。ロジックを積み上げて行く知的好奇心と何だか旅に出たくなるような冒険心の両方を刺激する一冊。

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