著者はこの11月で34歳になったばかりの前途有望だったはずの若者である。少年時代をアメリカやスイスで過ごし、アメリカン・スクールやハワイの大学を経て、広告代理店でプランニングディレクターとして活躍していた。しかし、彼は31歳の誕生日のたった4日前、医師からALSと宣告されたのだ。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは、感覚や知能ははっきりしたまま、次第に体じゅうの筋肉が痩せ衰える難病で、その原因も治療法もわかっていない。呼吸に必要な筋肉も弱っていくため、人工呼吸器を使わないと、患者の半数ほどが3年から5年で死亡するという恐ろしい病気である。
車いすの物理学者、ホーキング博士で世に知られることになったこの病気の発症率は、1年間に10万人に1人から2人といわれ、日本では約9,000人の患者が闘病している。発症のピークは65歳から69歳であり、治療法どころか予防法もないのだから、まさに明日は我が身と、思わず本書を手にとった。
30歳の春に左腕に力が入らなくなってからわずか3年ほどで、著者に残された意思で動かせる筋肉は顔と左手の人差し指だけになった。人工呼吸器用の気管切開をしたため声も失われている。この本も視線とまばたきで操作する入力装置をつかって書いたという。
まさに悪夢である。著者自身も
常に死にたいと思う、そして生きたいと思う。
その繰り返し。それが闘い。
と苦悩し、さらに
人に一番伝えにくい、わかってもらいにくいことは「毎秒」闘っているということ。
休憩とか、リフレッシュとか、一服とか、
「ほっ」とする瞬間がほぼない。映画を見たりとか
安定剤を飲んでどうにか現実逃避ができても、
「ほっ」とは3年間してない。毎日神経が張っている。
毎秒。それを僕よりもはるかに長い時間、家族、友達もいないまま、
10年、20年と耐えてる方たちもいる。
と、この病気の悪魔性を率直に表現している。
「狂いそう」という見出しが付けられた文章がある。
絶対、勝つ!って言いながら死んだ人はどれぐらいいるの?
奇跡は起きる!って亡くなった人にどんな奇跡がおきたの?
絶対諦めない!って言いながら「もう殺してくれ」と祈る人はどれぐらい?
俺なら耐えられる!って言いながら耐えられた人いるの?
てか、この場合、耐えるってなに?
これは全部向き合わないといけない。
ただ、もしその日が来たら「FUCK ALS」と言う
勇気があることを願う。
著者の心の中の葛藤に圧倒されてしまい、ページをめくるごとに手が止まってしまう。文章はすばらしくリリカルにして詩的であり、それをさらに効果的に表現するために、フォントやレイアウトなどのデザインにも充分に気遣いがなされている。ほぼすべてのページに現在ベッドで生活する著者の近影と、元気だったころの写真などが使われていて、読者は文脈を理解するというよりも、それぞれに何かを深く感じながら読み進めることができるであろう。
本書の前半100ページまでは、発病するまでの心身ともに健康で充実していたころの記録だ。本の前半と後半の対比が凄まじい。熱中していたアメフトからは、思いっきりぶつかったほうが失敗しても痛くないということを学んだという。広告代理店では、ちゃんと遊べない人はちゃんと仕事もできない、といことを知ったいう。
そのすべてが、ある日突然ALSによって覆されてしまうのだ。治療にあたっては神経を再生しなければならないため、iPS医療が有望だと言われている。著者が闘いつづけている間に、できるだけ早く治療法が開発されることを祈るだけだ。著者はそのためにEND ALSという一般社団法人やブログを立ち上げてメッセージを発信しつづけている。
本書は2014年、最初にして最大の収穫だった。