『金田一耕助映像読本』でテンション上げてポチりまくり

2014年1月6日 印刷向け表示
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あけましておめでとうございます。2014年もHONZをよろしくお願いいたします。

 

978-4800302885

さて、今回ご紹介するのはMOOKです。HONZのルール上、MOOKはアリなんだったかどうだか忘れましたが、コンビニのワンコインBOOKSがオーケーなんだからMOOKだっていいだろうということです、はい。なにしろ年末年始、わたくしはこの本でたっぷり楽しみました。実に「使える」本だったと言えるでしょう。ぜひお勧めしたい。

 

昨年は金田一耕助生誕100年という記念すべき年でありました。金田一は1913年(大正2年)東北地方で生まれております。20歳で渡米、放浪生活の中で麻薬常習者になったりという過去もありました。その後どこぞのカレッジを卒業して帰国。「よれよれの単衣の着物に袴、寒いときにはインバネス」というクラシックな装いからは想像出来ない、意外とハイカラな青春時代です。有名な『本陣殺人事件』を解決したのが1937年で25歳。探偵としてこれからというときに召集され、南方の各地を転戦、ニューギニアで終戦を迎えました。1946年に復員してのちの活躍はみなさんご存知のとおりです。

 

知らぬ者とてない、登場から半世紀を越えた今も愛され続ける名探偵。金田一の活躍する物語は数多く映像化され、時の名優たちが個性あふれる金田一像を生み出してきました。生誕100年を機にそれを総覧しようという本です。パラパラとめくるだけでも過去に観た映画やドラマのシーンが蘇り、あるいはまた未見の作品はどうしても観たくなり。で片端からポチっていたら年の暮れにひっきりなしに宅配便がやってきて、たちまち玄関に金田一物DVDが積上ったというわけです。70年代後半の石坂浩二版は全部持っていましたが2006年の犬神家リメーク版は未見。渥美清の八つ墓村はありましたが豊川悦司版は無い。二時間ドラマ化してからの古谷一行は結構録画しているのですが、もともとのテレビシリーズは観てない。いやはやとにかく、「あ、これ観てない。あ、これ持ってない」と買いまくりました。中尾彬版『本陣殺人事件』を買おうとしたら中古でも7−8000円したんでさすがに躊躇し、ようやくポチる指が止まったのでした。(その後DVD棚をあさっていたら奥の方からそれが出てきて、本の間から一万円札が出てきたみたいな嬉しさでした。ちゃんと買っといたアタシえらい!みたいな)。

もう大晦日と三が日は金田一三昧ですよ。朝から晩まで血なまぐさい映像が流れっぱなしです。時計台の巨大な歯車に挟まれて腕が吹っ飛んだり、棒が外れて鐘の下敷きになった娘の首がちぎれたり、吊るされた生首の下で南部鉄の風鈴がチリンチリン鳴ったり。ほろ酔いで真夜中に『病院坂の首縊りの家』を観てて途中で御不浄にたったところ、いきなり電球が切れて真っ暗、「ギャ!」と声を上げたりしておりました。

 

この『金田一耕助映像読本』、なんだってこんなに購買意欲を刺激するのかといえば、同タイトル複数の作品を横断的に紹介し比較研究しているので、MOOK読んでると見比べたくなっちゃうからなんですね。

 

たとえば『八つ墓村』についての考察で「今宵、八つ墓村を根絶やしにするー要蔵考」というページなどを読んでいると、各バージョンじっくりと比較しつつ観たくなるんですよ。昭和13年の「津山30人殺し」をモチーフにした、田治見要蔵による村民32人殺しのシーンです。浴衣に狩猟用毛皮チョッキ、白いふんどしをヒラヒラさせる山崎努。現実の事件に近い詰め襟の岸部一徳などなど。出で立ちもそれぞれなんですが、ここで注目すべきは「おでこに括り付けた懐中電灯」です。L型懐中電灯を鬼の角のように挿すバージョン、頭の横に棒型懐中電灯を水平に括り付けるバージョン、いろいろあるのですが、いずれにせよ「ちゃんと前方を照らしている」「きっちりと固定するために鉢巻きに工夫が凝らされている」作品をみると「おお!」となりますね。結構そこがいい加減で、鉢巻きにざっくり挿した結果、発光部が天を向いてしまっている作品もあるのです。じつに残念ポイント。暗闇のなか日本刀と猟銃、ダムダム弾のたすきがけで飛び出していくのだから、懐中電灯は重要。しっかり前を向いてなくては要蔵のやる気が疑われるというものです。

 

そしてこれまたおなじみの「佐清マスク」。これも作品の雰囲気を左右する小道具ですね。ゴムのシズル感の違いや、目・口の開口部の形、色は白か肌色か等々、好みが分かれるところでしょうが、やはり私は石坂版のが怖くて好きですね。目の部分が杏仁型に大きめにくりぬかれているので、白目が血走るのがわかってとてもいいです。あと、「仮面をとっておやり」のセリフの微細な違いとか、言い方とか。

 

そのほか『悪魔が来たりて笛を吹く』のフルートの曲も、作品ごとに聴き比べたくなりました。古谷一行版はなんと中村八大作曲だったんですねえ。

 

というわけで、なんだかんだとMOOKでテンションあげて、どれどれと大量に金田一を見ていたら、私も歳を取ったのか、かつてとは違うところにグッと来たりして、それも楽しい体験でした。弥生お嬢様に最期まで黙ってかしずく車夫の小林昭二とか、巴御寮人を守り抜こうとする石橋蓮司とか、リカさんに抱く恋心をそっと胸に秘め続ける若山富三郎の優しいまなざしとか。あるゆる思いを言上げせずに胸にしまっていく、その強さと切なさが、わかる歳になったということでしょうか。

 

映像化された金田一の世界は、平家の落人とか頼朝の落し胤とかの古い因縁・因習が蘇ってあだをなす、いわば「前近代と近代の対立」とみるのが一般的だと思いますが、数々の作品を観ていると、前近代に近代の鋳型を強引にはめ込んだことで形がいびつになり、高まった内圧で形の弱いところが破裂するという、いわば「前近代と近代の共犯」を感じます。明治以降の新興貴族。戦争で大儲けした成金。血の繋がったものたちを縛り付け、それゆえに引き裂く、家父長制のしがらみ。心を病んだ者をきっちりとした座敷牢に閉じ込めるのも、明治以降の近代化の産物ですし。まあ時代というのは、表面上いかに変わったように見えても、その底流は「新しい酒を新しい革袋に入れる」ようなわけには行かず、老舗のタレみたいに「注ぎ足して注ぎ足して」いくしかないもんなんでしょうねえ。とかとか、酔った頭でぼんやり思いました。

 

ところでこの本、じつに読みでのあるところがありまして。フィルムが失われてしまい、いまとなっては観ることが出来ない「片岡千恵蔵版」の金田一を、現存する脚本をもとに可能な限り紹介するという記事なんですが。読んでいると千恵蔵が隆としてあらわれるようなのです。観てないのに「きっとこうに違いない」と表情や口調が浮かぶんですから、とんでもないスターですね、言うまでもなく。

 

しかし観たかったわあ、片岡千恵蔵の金田一。実は片岡千恵蔵御大こそが、金田一俳優第一号だったのだそうです。戦後、GHQがチャンバラ時代劇を忌避したため、時代劇スターの千恵蔵を現代劇のヒーローに作り替える必要に迫られて目をつけたのが金田一物。冒頭でご紹介しましたが、金田一はアメリカ帰り。ならばと、アメリカ仕込みの戦後民主主義の旗手として、日本の因習にまみれた事件をばったばったと解決しますという、GHQも大満足であろう演出がなされたそうです。ですから出で立ちもアメリカナイズされたスーツにソフト帽、美人秘書がいて、銃撃戦もあるという趣向です。『八つ墓村』はこんな感じ。

 

〈「とうとう正体を現したな!」〜突然、鎧武者が立ち上がる。甲冑が外れ、辰弥だとわかる。「田治見辰弥、実は私立探偵金田一耕助だ!八つ墓村の伝説にうまくひっかけて、田治見家の財産を狙った色と欲との二筋道も、もうどんずまりだぞ!」〜七つの顔を持つ千恵蔵だけが許される設定である。〉

 

どうです。八つ墓村をご覧になったことがない方にはピンとこないかもしれませんが、ようするに「鎧武者=辰弥=金田一」という設定はもうハチャメチャだということで、これを言っても他の八つ墓村のネタバレにはなりませんのでご安心ください。ま、ご本人は多羅尾伴内に比べて金田一は地味だと、あまり乗り気でなかったというから、無理矢理にも変化の見せ場を作ったのかしらん。とにかくこの他、悪魔が来たりて〜・犬神家〜・獄門島など、本書で「片岡千恵蔵金田一、脳内上映会」をお楽しみください。

 

で、片岡版東映金田一を引き継いだのがなんと!「この人も金田一をやっていたのか」と驚く、その意外な人物とは!気になる方はMOOKをご覧くださいまし。いやこちらもすんごい大スターです。

 

このMOOK、他にも金田一の殺人事件MAP、角川文庫の表紙ギャラリー、映像になった全23人の金田一耕助、石坂浩二・古谷一行・加藤武インタビューもあります。保存版と言えましょう。

 

ところで「よし!わかった!」でおなじみの加藤武が、粉薬をブファっと吹くのはお約束ですが、粉の配合は龍角散3、クリープ7だそうです。粒子が細かすぎると映らず、荒すぎるとバフッとしないということで、小道具さんとともに試行錯誤でたどり着いた配合だそうです。お試しください。てかクイズに出ないかな。

 

ということで。鹿賀丈史の『悪霊島』を横目で観つつ。

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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