『零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争』群青色の青春

2014年1月28日 印刷向け表示
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零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争

作者:神立 尚紀
出版社:講談社
発売日:2013-12-10
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日本人の心に強く刻み込まれた戦闘機が存在する。純国産であり、開発された当時において、世界最高の能力を有した大空の王者。しかし、その強さにもかかわらず、大戦末期の劣勢覆うべくもない戦況で、多くの若者を乗せ、帰る事のない死の攻撃に赴かせるという悲しくも皮肉に満ちた運命を背負い込むことになった戦闘機。その華々しい戦果と悲劇性により、開発から70年以上がたった今でも、私たちの心の奥に何かしら大きなものを感じさせる戦闘機、その名は零式艦上戦闘機。

本書はNHKのディレクターである大島隆之がドキュメンタリー番組のため6年の歳月をかけ、零戦の搭乗員にインタビューをかさね、NHK-BSプレミアムで『零戦~搭乗員たちがみつめた太平洋戦争』として放送された番組で伝えきれなかった思いを「NPO法人零戦の会」の神立尚紀と供述して書籍にしたものである。

海軍の主力戦闘機として、日中戦争で華々しいデビューを果たし、太平洋戦争初戦では欧米の植民地であったアジア各地の空を席巻。その航続距離は2200㎞に及び、20mm機関砲2門、7.7mm機銃を2丁装備、巡航時間6時間以上、最高速度は500km以上、これは間違いなく当時の最高水準だ。

さらにこの戦闘機の特徴は実に美しいその姿だ。三上一禧さん(当時二飛曹)は初めて零戦を見たとき、「一目見たとき、すごい美人の前に出たときに萎縮してしまうような、そんな感じをうけました。これはすごい、美しいと。一目惚れですね」と語っている。男たちを虜にする、優美でどこか女性的な魅力を秘めた戦闘機だ。

零式艦上戦闘機(Wikipediaより)

しかし弱点もある。防弾板、防弾ガラス、自動消火装置などが存在せず、防御力は低かった。これは、攻撃は最大の防御とする戦闘思想が零戦に存在したためであり、人命を軽視したためではないと著者たちは語る。実際、この点は戦時中に一部改善されている。

ただし、エンジン出力が小さな零戦に重い防弾板を装備すると運動性が鈍るため、搭乗者自身によって外される場合が多かったようだ。また、航空電話もつながりが悪いため、少しでも機体を軽くしたいパイロットたちにより外されるケースが相次いだ。さらに時速480kmを超えて旋回運動する際、舵が重くなり運動性が低下した。

また、機体の強度不足により急降下時の限界速度が米軍機より低く、629kmほど、後期型の五二型いこうで740kmほどである。この弱点は太平洋戦争が中期以降、明らかに不利に働くようになる。

一般的にはミッドウェー海戦で主力空母と多くのベテラン搭乗員を失った日本は以後、坂を転げるように転落していくことになる、ということになっている。しかし、実際にはミッドウェー海戦で戦死したパイロットの数はそれほど多くないようだ。日本側の搭乗員戦死者は偵察機のパイロットを含めて計121名ほど。なんと勝利した米軍の搭乗員戦死者は200名以上にものぼる。

実はこのミッドウェー海戦の陰で、この海戦以上に零戦にとって大きな痛手になる事件が起きていた。それは、アリューシャン列島のアクタン島に不時着した零戦がアメリカにより鹵獲、慎重な修理の末、飛べるようになるまで復元された、通称「アクタン・ゼロ」の存在だ。零戦の神秘のベールは剥がされた。

実は太平洋戦争における空戦の天王山と言える戦いはガダルカナルの攻防戦ではないか。本書も実に多くの紙数をガダルカナルの攻防に割いている。この攻防戦は航空戦力の消耗戦の様相をていしている。開戦以来、戦闘機の補給、搭乗員の補充に苦慮していた日本軍のもっとも恐れていた事態だ。圧倒的な物量と零戦への効果的な戦術を編み出した米軍の攻撃に、若き搭乗員たちの体力、気力も次第に消耗していく。

彼らは死に対してどこか従容とした姿勢を見せている。とにかく、目の前の敵を一機でも落とす。そのことに全神経を集中している姿が見て取れる。また被弾し、基地まで帰れなくなった多くの搭乗員が敵機や敵の地上建設物に突っ込み自爆している。脱出用の落下傘を装備しない搭乗員も多かったという。

ガダルカナルの攻防で次第に劣勢に陥った日本が、起死回生を計り大規模な反攻に及んだルンガ沖航空戦に艦爆護衛の任を受け参加し、後に戦死した大野竹好中尉の遺稿には不覚にも涙してしまった。

(前略)艦爆危うしと見るや、救うに術なく、身を以て敵に激突して散った戦闘機、火を吐きつつも艦爆に寄り添って風防硝子を開き、訣別の手を振りつつ身を翻して自爆を遂げた戦闘機、あるいは寄り添う戦闘機に感謝の手を振りつつ、痛手に帰る望みなきを知らせて、笑いながら海中に突っ込んでいった艦爆の操縦者。泣きながら、皆、泣きながら戦っていた。

ルンガ沖航空戦の損失により以後、日本軍は航空戦で防戦一方に立たされることになる。

九九式艦上爆撃機(Wikipediaより)

悲壮な空戦の記述を読み、目頭を熱くしながらも、ここまでの物語にはどこか、一片の明るさがある。明るさといって語弊があるのなら、カラッと乾いた響きがあるとでも言えばよいか。思えば、彼ら搭乗員は徴兵により戦地へと送られた、下級の歩兵などとは違い、自らの意志で戦闘機乗りに志願した男たちだ。戦士として生きる道を自ら選んだ彼らの心の中には、闘争心、目的意識の強さ、負けず嫌い、そしてなによりも気高い誇りが存在していたように思える。

ただ、本書の後半、甲飛十期生の話になると様子が変わってくる。彼らは戦中に飛行機乗りとしての教育を受け、おりしも搭乗員不足が懸念される中、十分な飛行訓練を積むことなく、前線に投入される。

その頃には、アメリカ軍が零戦の性能を超える戦闘機、グラマンF6Fヘルキャットなどを戦場に投入しており、操縦技術の未熟さに加え、戦闘機の性能でも劣ることになる甲飛十期生の若者たちは一方的な犠牲を強いられることになる。

また彼らは特攻隊の中核を担うという過酷な運命がまっていた。ちなみに甲飛十期生、1099人のうち、戦死したものは777人、七割の者が戦死している。さらにあの戦争で戦死した戦闘機搭乗員は特攻も含め、わかっているだけで4330名にものぼる。いずれも難関を潜りぬけた、知力、体力ともに平均を大きく上まわる、本来ならば前途有望たる若者たちであったであろう。

グラマンF6Fヘルキャット(Wikipediaより)

時間というものは無慈悲なまでに流れゆく。かつて、大空を翔けて戦い、戦場を生き延びた若き戦闘機乗りたちも今は次々に鬼籍に入っている。あの戦争は急速に血の通わぬ歴史の記述へと変わりゆく。これほどの大勢の零戦乗りに大規模なインタビューを行えるのは最後かもしれないのだ。あの戦争を等身大に自分の事として語れる人たちの話に是非とも耳を傾けて欲しい。それは、大空の戦場を、命を賭して駆け巡った若者たちの青春の物語であり、誇りと人命と技量と技術とがせめぎ合う葛藤に満ちた男たちの物語である。
 

零戦 その誕生と栄光の記録 (角川文庫)

作者:堀越 二郎
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
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仲野徹による本書のレビューはこちら

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