出版社「共和国」-編集者の自腹ワンコイン広告

2014年5月9日 印刷向け表示
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タイトル

代表:下平尾 直
設立:2014-04-02

「共和国」というひとり出版社

見渡せばデジタルが華々しくわが世の春を謳歌しているこの4月2日付で、旧態依然の紙の出版社、「株式会社 共和国」を樹立しました。いわゆる「ひとり出版社」なのに共和国、独立国を宣言したのに日本国に国税を徴収されてしまう矛盾だらけの出版社ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

週刊書評紙『図書新聞』1面に連載中の広告

その共和国の口火を切る第一弾は、6月中旬に全国の書店にならべていただく予定です。2点同時刊行をめざしていますが、まず1点めは、いまもっとも注目を浴びている翻訳家でアメリカ文学者、都甲幸治さんによるブックガイド『狂気の読み屋』です。都甲さんは、翻訳小説としては異例のベストセラーになったジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の訳者としても知られていますが、とりわけフィクションの書評家としても生彩陸離とした明晰な文章が人気で、毎月の文芸誌や情報誌に彼の名前を見ない月はめずらしいほどですね。

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もう1点は、HONZでも土屋敦さんの渾身の名評で話題になった『ナチスのキッチン』の著者、藤原辰史さんの文明批評的な文章の数々を集成したもので、タイトルは『食べること考えること』といいます。人間が生きるうえで欠くことのできない「食べること」をめぐって、明治時代の貧民窟からナチス時代の食卓、そして現代のフードコートにいたるまで、生命倫理、エネルギー、生活文化についてなど、さまざまなアプローチでわたしたちに「考えること」を触発してくれる1冊です。

いずれも読者の視線をそらさない魅力にあふれた本で、共和国の第一弾としてはもったいないくらい充実しているのですが、いまようやく編集作業の最終コーナーを曲がろうとしているところ、こちらもそわそわと、得体の知れない切迫感と緊張感に包まれています。
 

なぜ出版社を立ち上げたのか

そもそもわたしが出版社を立ち上げようとおもったのには、いくつかの契機があります。そのひとつは、6年半近くお世話になった勤務先の社長から、「きみみたいなカッコつき『優秀な』編集者は独立して自分で出版社でも作ったら?」と肩を叩かれたからです。それから(3行略)。この短くない年月を面倒みてくださった恩人である社長が言うことではないか、きっとわたしのことを思って背中を押してくれたのだ、と思い直して、この身体の奥底からふつふつと沸き上がってきたパワーを独立に使おうと決意したのでした。そして、もっぱら自分を翻意させることを阻止するためだけに、あちこちで友人に会うたびに宣言したのでした。独立するぞ。これからはソロ活動の時代だよ。

しかし、よく考えてみたら、独立と言ったって、そもそも資金も人脈もない。それどころか、もっと重要なことに気がついたのです。出版社ってどうやって作るんだ? 嗚呼!

出版にとっての要諦は、流通です。本をつくるのは版元で2、3年も働けば誰にでもできる。それをどうやって、どういう条件で読者に届けるか。とはいえ、そんなことを説いた便利なノウハウ本などありません。わたしが禄を食んできた中小零細がメインの出版業界には、そんな資力も体力もない一介の編集者あがりがどうやって起業すればいいのか、もともと自分たちだってそうやって起業したはずなのに、それを意識的に継承しようとする蓄積がまったくありませんでした。どのように取次に口座を開けばいいのか? どうやって倉庫を借りればいいのか? 事務所はなくても会社としてやっていけるのか? それもようするに、「当たって砕けてみないとわからない」。つまり、旧態依然なのは、本が紙でできているからなのではなく、業界のシステムそのものだったのです。
 

雑貨屋さんのような出版社

とにかく徒手空拳なので、シンプルに考えるしかありません。下町あたりをぶらぶら散歩していると、個人経営の雑貨屋さんや八百屋さん、魚屋さんががんばってるじゃないですか。もちろん出版社は小売業ではないので業態は異なるけれども、でも、なぜ出版はああいうふうにシンプルに考えられないのか。

そう考えると、当たって砕けろ式のことで精神的に消耗するのは不毛に思われました。そこでとにかく伝手をたどって何人かの知友に話を聞いていくと、「事務所なんてなくても自宅でできますよ」「株式会社の登記だって自分でやれるし、以前にくらべたらずっと簡単だよ」等々と、すでに先達が少なからずいることが見えてきたではありませんか。なんと心強かったことか。わたしにもできるのかも。そしてなにより懸案の流通も、取次を通さずに書店と直取引の回路を開くことで低正味を実現し、お客さんからの注文にも即応できる体制を独自に築いたトランスビューさんが拾ってくれたのはありがたかった。長くなるので端折りますが、そうやってまったくの手探りで模索しつつ、倉庫も持たず、事務所も借りず、可能な限りシンプルな出版社として、なんとか法人化にまでたどりつくことができたのでした。

とはいえ、自分で本を1冊も編んだことのない名刺だけの編集者が編集者ではなく単なる会社員であるように、出版社も実際に本をリリースして世評にうたれ、売り上げを立てないことには出版社とはいえません。その意味で、来年にも瓦解するのか、はたまたせめて10年は保ってくれるのか、自分にもまったくわかっていないのです(にもかかわらず、貴重なご自分の著書を託してくださった都甲幸治さんと藤原辰史さんには、この場をお借りして御礼を申しあげさせてください。ありがとうございます!)。
 

「共和国」とは何のことか

ほかにもいろいろ記しておかなければならないことは多いのですが、かなり長くなったので、最後にひとことだけ。よく聞かれるのですが、この「共和国」という商号についてです。わたしに作ることができる本、作りたい本は、フィクションや批評、あるいは歴史や哲学思想を語った専門書に近いもの、あるいはロックミュージックやアヴァンギャルド芸術に関する研究書、あるいはコミックなど、けっして実学的に世のため人のために役に立つお手軽なものではなさそうです。書籍にも学習や娯楽、実用などいろいろな役割があると思いますが、この社会や現実や流行を追いかけたり、世の中をうまく生き延びるためのガイダンスという意味での役割やジャンルは、いまのところほとんど放棄してしまっています。そうではなく、いまのこの世界だけをあるべきただひとつの世界として肯定するのではない、いわば「反世界」が存分に描かれ、語られ、論じられている本が、今後満たされてゆくはずのカタログの多くを占めることになるでしょう。

10年20年経っても地道に読まれ、表紙やカバーが手になじんでくるような本。紙背や行間に想像力や空想力が結晶し、ページを開くとこぼれおちてくるような本。いまはまだ現実には存在しないけれども、著者と読者、あるいはその本の成立に関わった印刷製本業者や売り手の想像力をも巻き込んでつくられた、書物という媒体にオリジナルな空間のことを、共和国と呼びたいのです。だから、この共和国は、本というモノが存在するかぎり、今後も永遠に閉じられることのない過程としてあり続けるはずです。そう願っています。

ぜひ、この「本の国」の建設作業に、みなさんそれぞれの現場からのお力添えをお願いいたします!

下平尾 直(しもひらお・なおし)
(株)共和国代表。1968年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程退学。企画編集した書籍に、都甲幸治『偽アメリカ文学の誕生』、藤原辰史『ナチスのキッチン』など多数。悪麗之介名義での編著書に、『俗臭――織田作之助〔初出〕作品集』などがある。

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