近いほど遠い
先頃、こんな事件があった。ご近所に住んでいる仕事仲間の女性宅(マンション1F)に、深夜、見知らぬ男が窓から入りこんだ。寝ていた当人が早めに気づいて大声を上げたため、男はあわてて出て行き、難を逃れたという・・・。すぐさま警察に連絡したところ、近辺で同じような届け出がすでにあったとのこと。我が家から歩いて10分もかからない距離なのに、こんな事件があったなんて初耳だし、他の住民も同様だろう。
いまやネットで世界中の情報が入手できるというのに、いちばん身近な地域の情報が手に入らないのだ。なにも事件ばかりじゃない、評判のいい町医者、出前をしてくれる店、子どもが事故に遭いやすい場所、地域のイベント情報、パソコンや家具などの修理が得意なひと、留守中のペットの世話人・・・。ご近所でこんなことがわかればなあ、というのは山ほどある。
こうしたご近所情報がGoogleマップのような地図に、マッピングされていたらどれほど便利だろう。それだけじゃない、近くの空き地の利用法について住民同士が意見を出し合うとか、より創造的な活用もいろいろできそうだ。
じつは、こうした試みの一部はすでに始まっている。たとえば、サンフランシスコやワシントンDCなどのOpen311は、地域の公共的な問題について市と住民が情報を共有できるプラットフォームとなっている(下のMAP参照)。
また、ブラジルのポルトアレグレ市では、住民自身が市の予算の優先順位を決められる「参加型予算編成」を実現。この試みが注目され、いまや世界各地に広がりつつある。
親ガメこければ、子ガメもこける
さて、話はここからだ。私たちの暮らしにいちばん身近なコミュニティが、いまや情報の空白地帯になっている。かつての「村」なら、ご近所のことなど筒抜けだったのに。これは言うまでもなく、都市化、さらにはグローバリゼーションなどの影響だが、もっと根本的にはネットワークの問題でもある。次の図を見て欲しい。
経済も都市も政治もメディアも、ネットワークの結節点にあるものが、ますます強く大きくなる(中央集権型)。二極化が進み、中間にある領域が空洞化していく。地域コミュニティ、社会の中間層、中小の企業・ブランド・拠点などなどの消滅・・・。
この中央集権型の弱点は、力が集まる結節点がダメになると、つながっている周りも一挙にダメになってしまうこと(階層的・親ガメに乗る子ガメの関係)。組織・社会的にも、多様性・参加性が薄れ、閉塞してイノベーションも起こりにくくなる。また、軍事的にも要所がやられると総崩れというシステムはひじょうに困る。そこで冷戦時代に考案されたのが、インターネットの元になった「ピア PEER」方式のネットワーク(分散的・フラットな関係)だった。
ピアで気持ちよくいこう!
「ピア」とは対等、仲間という意味。本書『ピア:ネットワークの縁から未来をデザインする方法』は、ピアつながりによって、世界を変えていこうという提案だ。著者はスティーブン・ジョンソン、ベストセラー連発のライターである。
Talks at Googleで本書の原著について語る著者
本書はピアのよく知られている成功例として、ウィキペディア、キックスターター、ツイッター、フェイスブック、Challenge.govなどを挙げている。また、ベトナムの村における栄養失調をピアの手法で解決したセーブ・ザ・チルドレンの話題も。
面白いのは、「ピアつながり」といっても、ネット系が中心になるわけではないことだ。ネットもリアルも含めて、ピア・ムーブメントをあらゆる分野で巻き起こそうというのである。
ピアなら、だれもが参加でき、対等な立場でモノゴトを進めていける。多様性・参加・平等が、モットーだ。そして、なによりピアは気持ちよく、楽しい。著者によれば、それはもともと私たちの古い共同体が、強い階層関係や権力に縛られていなかったから。そういえば、HONZってピアじゃないですか!
ピアな政治、ピアな企業、ピアなメディア、ピアな都市、ピアなイノベーション・・・そんな未来を本書はかいま見せてくれる。