『考えるカラス』 もやもやするサイエンス

2014年9月9日 印刷向け表示
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私は、少なくとも半分は間違えた。正確に何個かは、数えないこととしたい。

まちがえたのは、本書で紹介されている自分でも試せそうな実験が「どんな結果になるか」だ。たとえばこんなのである。

ロウソクを使った問題です。
ロウソクに火をつけてビンをかぶせると、火は消えてしまいます。

では、ここからが問題です。

高さの違う2本のロウソクを並べて、火をつけます。
ここにビンをかぶせると、どちらが先に消えるでしょうか?

1.長いロウソクが先に消える
2.短いロウソクが先に消える
3.同時に消える

ええ、間違えましたとも。ちなみに3択であるから、カラスがランダムに選んでも33.3%は正解する。カラスは賢いのでそれ以上かもしれない。秋を感じてしまいそうだ。いやいや、言い訳がましくなるが、本書の実験結果は直観に反するものが多く、誰でも間違えやすいように出来ている。わざとなのだ。本書を監修した川角さんは、このように言う。

「考えるカラス」は、誤解を誘う問題から始まります。よく言えば、結果を見て不思議だと思える問題です。

あらかじめ用意(期待)された正解なんて“くそくらえ”(失礼!)だ。
自然科学において、解くべき問題も、その正解も、書物や権威者の中にはありません。自然界が示す問題と答えを、どう読みとり説明するかです。

科学に限らずあらゆる場面で、不思議だと思える感性は大切です。しかし、この感性を育てることは至難のわざといえます。一方、美しい音楽に心揺さぶられ、名画に感動して見入ります。
この感性はどこかで育ってきたはずです。科学の芽も育てることができるに違いありません。その試みとして、この本を作りました。

目指すのは、不思議だと思い、観察し、仮説をつくり、実験し、謎が解けていくという「科学の考え方」を紹介することだ。本書の特徴は、実験の結果は紹介されるが「なぜそうなるか」の正解は書かれていない、というところにある。その代わり、小学生から高校生、50代の技術屋Kさんまで、いろいろな人の意見が書かれている。びっくりするのは、小学生の意見がおもしろいことだ。

なぜ、そんなに「いろいろな人の意見」が集まるのか。それは、元になっているテレビ番組のWebサイトで募集しているからだ。本書は、NHK Eテレの番組『考えるカラス』から「蒼井優の 考える練習」のパートを書籍化したものだ(番組のサイトはこちら。NHKオンラインのトップページはこちら)。

もちろん、番組のほうでも「正解」は説明されない。むしろ、説明が始まりそうなところで、“ここから先は自分で考えよう。これからはみんなが考えるカラス”というナレーションと共に番組が終わってしまう、という斬新な構成である。「だんご3兄弟」「ピタゴラスイッチ」の佐藤雅彦さんが企画協力に入っており、演出もたいへん面白い。

本書の「はじめに」によれば、テレビの放送が始まって以来たくさんの感想が寄せられ、その半数以上に「もやもやする~」という「同じフレーズ」が使われていたそうだ。この「もやもや」が、本書にもあふれている。不思議なサムシングを見せられ、なぜそうなるのかについては教えてくれないまま終わるのだから当然だ。

が、しかし、この「もやもや」は、楽しい「もやもや」である。番組制作スタッフの打ち合わせでは、提案者から実験結果の解説が始まりそうになると、必ず「ちょっとまって!まだ言わないで!」と盛り上がったそうだ。視聴者からの反響もたいへん好意的だった。「夫婦間での会話が増えました!」という感想も来た。もちろん私も、非常にもやもやして楽しかった。本書を読むと、おお!なんでだろう?と素朴に不思議で、ちょっと夏休み感覚で、おじさん、汚れちまった心が洗われるようだ。もちろん洗われたからってどうなるものでもないのだが、その昔、研究室に教授が飛び込んできて「見ろ、物理学科から超電導体もらってきた!」「浮かんでる…クールだ…」と言った時の、あのキラキラしたクレージーな目を、なんだか久しぶりに思い出したのである。科学は、エンターテイメントだ。

「考えるカラス」という番組名は、イソップ童話の「カラスと水差し」に由来している。水差しの奥までクチバシが届かなくて水が飲めないカラスが、石を放り込んで水位を上げるという話である。テレビ番組の最初の歌の部分では、カラスが本当にそのような行動をするビデオを見ることができる。素晴らしいことに、今年の分の放送を番組サイトで観ることができるので、是非ご参照いただきたい。番組と本書は補完的な関係になっている。書籍の情報量の多さと見やすさを活かして寄せられた様々な意見が紹介され、カラス先生(川角さんだろうか?)がコメントを加えつつ、議論は「ああだこうだ」と進んでいく。きっと、「ああだこうだ」ができたら、正解なんてあんまり要らないのだ。「おお!なんで?」と「ああだこうだ」と「もやもや」と少しの「すっきり」。夏の終わりにいかがでしょうか。秋の訪れも、感じられるかもしれません。
 

カラスの教科書

作者:松原 始
出版社:雷鳥社
発売日:2012-12-19
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