出版業界にはノンフィクションに与えられる賞がいくつかあります。その中でも権威ある賞の一つ、大宅壮一ノンフィクション賞が今年から雑誌部門を新設しました。雑誌市場の低迷はすでに周知の事実ですが、ノンフィクション雑誌は中でも厳しい戦いを強いられています。
一方で、ジャーナリスト・作家にとっては「書く」場がなくなることは死活問題ですし、雑誌という場だからこそ叶えられるジャーナリズムの形をなくさないで欲しいというのは、売り手の思いでもあります。この賞が話題になり受賞誌や市場が活性化することを期待しています。
*今年は、神山典士+週刊文春取材班『全聾の作曲家はペテン師だった!』(週刊文春2014年2月13日号)が受賞
今回はノンフィクション雑誌を分析しつつ、注目作品をご紹介していきます。
今年の大宅壮一ノンフィクション賞の雑誌部門で候補になった雑誌は『週刊文春』『文藝春秋』『新潮45』『G2』の4誌(G2はムックとして刊行中)。週刊・月刊の文春はノンフィクション雑誌とは少し趣が異なるため別の機会にさせていただいて、今回は『新潮45』『G2』を見ていきましょう。
こちらは、今年発売された『新潮45』の購入者クラスタ(一誌でも購入した事のある人のクラスタ)です。男性50代以上の読者が60%以上を占める特徴的なクラスタとなりました。女性についてもこの層は読者が厚く、ご夫婦で一緒に読んでいる方も多そうです。
『G2』は対象データが少なめでした。ムックとして刊行されているためか、読者の認知度が高くないのかもしれません。
『新潮45』もそうですが、年輩の方の読者率が高い雑誌は総じて定期的な購入率も高く、定期的に書店に足を運んでいることが推察されます。候補記事を2本も出した『G2』、まずは売り手の皆さんに注目していただき、積極的なオススメをお願いしたいものです。
クラスタから見えてきた世代間ギャップが気になり、参考までに9月の購読雑誌ランキングを60代男性と40代男性に限って抽出してみました。(WIN+調べ)
◆60代男性 | ◆40代男性 | ||
1 文藝春秋 | 文藝春秋 | 1 コロコロコミック | 小学館 |
2 ラジオ英会話 | NHK出版 | 2 少年ジャンプ | 集英社 |
3 サライ | 小学館 | 3 ガンダムエース | KADOKAWA |
4 週刊文春 | 文藝春秋 | 4 少年マガジン | 講談社 |
5 歴史の偽造!WILL緊急増刊 | ワック | 5 ホビージャパン | ホビージャパン |
6 週刊現代 | 講談社 | 6 鉄道ファン | 交友社 |
7 週刊ポスト | 小学館 | 7 ちゃお | 小学館 |
8 日本の城 | デアゴスティーニ | 8 ラジオ英会話 | NHK出版 |
9 ビッグコミックオリジナル | 小学館 | 9 月刊少年マガジン | 講談社 |
10 週刊新潮 | 新潮社 | 10 BURRN | シンコーミュージック |
まだ、子育て中のパパも多いであろう40代のランキングはここから年を経てどう変化していくのでしょうか?年をとると、政治や事件に興味が沸いてきて総合誌といわれるジャンルの雑誌を手にとるようになるのか?いわゆる総合週刊誌の情報はすでに紙媒体からネットにしており、ここから変化しないのか?継続してウォッチしていきたいところです。
さて、話を元に戻して、『新潮45』読者の併読本からオススメ本を紹介していきます。 以下のランキングは『新潮45』9月号購入者が9月に購入した書籍のトップ10です。(WIN+調べ)
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『変見自在プーチンよ、悪は米国に学べ』 | 高山正之 | 新潮社 |
1 | 『韓国人による沈韓論』 | シンシアリー | 扶桑社 |
3 | 『私を通りすぎた政治家たち』 | 佐々淳行 | 文藝春秋 |
4 | 『朝日新聞元ソウル特派員が見た「慰安婦虚報」の真実』 | 前川恵司 | 小学館 |
4 | 『国家の盛衰』 | 渡部昇一 | 祥伝社 |
6 | 『なぜ朝日新聞はかくも安倍晋三を憎むのか』 | 田母神俊雄 | 飛鳥新社 |
6 | 『マスカレード・ホテル』 | 東野圭吾 | 集英社 |
6 | 『中国・韓国を本気で見捨て始めた世界』 | 宮崎正弘 | 徳間書店 |
6 | 『子供たちに伝えたい日本の戦争』 | 皿木喜久 | 産経新聞出版 |
10 | 『「ニッポン社会」入門』 | コリン・ジョイス | NHK出版 |
「日本」に関する本の発行点数は続々増えています。こちらは2006年の発売にも関わらず、8月に入ってから売行きが急上昇している「ニッポン」本。塩野七生さんが文藝春秋にて推薦したことから、人気が再燃しているようです。著者のコリン・ジョイスはニューズウィーク日本版の記者として活躍中。著者が書いた「アメリカ社会」「イギリス社会」もあわせて読んでみてはいかがでしょう?
こちらも外国人の目から見た、ニッポン論。9月に発売されたばかりですが注目度が高い1冊となっています。私たちの目から見たら当たり前になっていて、気付かない看板や建築が日本中の景観を損なっていると警鐘を鳴らしています。昔から看板の文字の間違いを散々笑いものにしてきましたが、笑ってる場合じゃなかったようです。自然や景色を観光資源にするために必要なものは何なのかじっくり考えてみたくなりました。
「消滅可能性都市」の発表以降、テレビなどで地方消滅が話題になる事が増えています。実際に課題とされている地方でどれだけこの本が読まれているのかが気になって、売上の地方別分布を見てみました。他の本同様売上は東京に集中していますが、東北地方の売上が比較的高いシェアを占めており、そのことに色々な思いをはせています。(レビューはこちら)
原発政策に対する「正解」がまだ見えぬ中、原発を考える本は注目を集め続けています。3.11からここまで、週刊新潮に掲載された科学者による座談会をまとめたのが本著。ネットにはデマが溢れ、「科学者」の肩書きすら真贋を見極めなければならなくなって、一般市民には大変な時代になりました。”出版”はこういう時代の水先案内人としての役割を重く担う必要があるのかもしれません。
『新潮45』の読者の併読本なので、新潮新書など新潮社の本の占有率がどうしても高くなってしまいます。こちらは、30万人以上が働くといわれる一大産業、風俗業界の実態を解き明かした本。時代小説を読んでいると、身売りされ、泣きながらも一生懸命働いて花魁になりました。といった話や、そのまま朽ちていって悲劇的最期を迎える話など、「堕ちていく先」としてのイメージが強くありますが、今ではそこも狭き門になっているとのこと。働く人の意識と事情を知る入り口には最適な1冊です。
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売り手の立場で見ていても、単行本を出版し「売れる」までにはいくつもの高いハードルがあります。そして、最近の刊行ラインナップを眺めていても、著作物が市場に影響を受けすぎている事は否めません。
今回も、読者の併読本が時事問題や政治に大半を占められていたのが少し気になりました。習慣的・定期的に手にとられ、サイエンスやアート、テクノロジーや医学といった幅広いテーマに読者の興味を広げていく…雑誌という媒体に、そんな役割を期待しつつ、雑誌を読者に届ける仕事をしていきたいと思っています。
古幡 瑞穂 日販マーケティング本部勤務。これまで、ながらくMDの仕事に携わっており、各種マーケットデータを利用した販売戦略の立案や売場作り提案を行ってきた。本を読むのと、「本が売れている」という話を聞くのが同じくらい好き。本屋大賞の立ち上げにも関わり、現在は本屋大賞実行委員会理事。