『生命の惑星 ビッグバンから人類までの地球の進化』でサイエンスリテラシーを鍛える

2015年1月22日 印刷向け表示
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生命の惑星: ビッグバンから人類までの地球の進化

著者:チャールズ・H・ラングミューアー、ウォリー・ブロッカー
訳者:宗林由樹
出版社:京都大学学術出版会
発売日:2014-12-02
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6,000円を超える価格、700ページに迫るボリューム、頻出する数式や化学反応式。この本の表面的な特徴だけに着目すれば、購入までのハードルは随分と高い。しかし、この本にはその価格以上の価値が間違いなくある。終盤まで読み進める頃には、「もっと読んでいたい」と思わずにはいられないストーリーがある。そして、この世界の成り立ちと仕組みを深いレベルで理解できる喜びがある。是非書店で本書を手に取り、第一章だけでも読んで欲しい。続きが気になって、その足はいつの間にかレジへと向かっているはずだ。

本書は、“Global Warming(地球温暖化)”という言葉を生み出した地球化学者ウォリー・ブロッカーによって1984年に出版された『How to Build a Habitable Planet』(邦題『なぜ地球は人が住める星になったか?』)の増補新版である。増補新版とはいっても、20年以上の月日で進歩した科学的成果を盛り込むために、そのボリュームはもとの2倍以上になっている。スノーボールアース仮説も、南極の氷柱コアがもたらすデータも、1984年には存在しなかったのだから無理はない。この増補新版では共著者としてハーバード大の地球化学者チャールズ・ラングミューアーが加わっており、新たに加えられた部分を主に執筆している。

宇宙・太陽・地球・生命がどのように誕生したのかを原子レベルから明らかにする著者の議論は宇宙物理学や地球化学にとどまらず、有機・無機化学、さらには生物学にも及ぶ。もちろん、本書を読み進めるために、これらの分野に精通している必要などない。なぜなら、著者たちは論理を乱暴に省略することなく、高度な科学知識を前提とすることもなく、読者に寄り添うように説明を進めてくれるからだ。本書の草稿は大学の講義で使用され、学生が理解につまずいた部分は徹底的に分かり易い表現へと改定されているというのも頷ける。20年以上前に出会った原本邦訳版を研究生活の指針にしていたという宗林由樹・京都大学教授による翻訳もじつに読みやすい。

本書のフォーカスは科学者の間でコンセンサスが得られている部分に当てられている。突飛な新説や奇怪な理論は登場せず、議論が分かれているような内容では必ずその旨の記載がある。この一冊を読み通せば、放射線が発生する仕組みや地震のメカニズムなど、現代を生き抜くために必要な科学リテラシーの多くの部分を強化できるはずだ。少なくとも、「惑星直列で地球が無重力状態になる」等というデマに驚くことはなくなる。

それでは本書が常識的な内容ばかりの退屈なものかというと、そんなことは全くない。漠然と理解していたこと、当たり前と見過ごしていたことの裏に潜む因果関係を解き明かす刺激に満ちているのだ。本書を読み終えると、自然を見る目の解像度が上がったような感覚すら覚えるほど。例えば、「宇宙が誕生したのは137億年前」という事実そのものも興味深いが、その事実がどんなデータと理論を基に導き出されたのか、どの程度確からしいのか、「地球が水に溢れていること」とどのように関連するのかを知ることは、目の前に広がる世界をより色鮮やかなものにしてくれる。本書には多くの図版・データとともに、科学者がどのようにデータを収集・分析し、新たな理論を打ち立ててきたのかが詳述されているので、その過程を追体験することで科学的思考を鍛えることまでできるという、一石二鳥どころではないお得な本なのだ。

本書のスタートはもちろん宇宙誕生の瞬間、ビッグバンである。そして、ビッグバンで創造された宇宙の材料がどのような性質を持ち、どのように反応しあっているかをその理論から解いていく。出来上がった材料が十分に加工されると、今度は太陽系が形成され、地球誕生の時を迎えることとなる。ここまで来ると議論の中心は宇宙から地球に移り、その内部構造や表面の在り方、相互作用が語られていく。そして最後に、地球に奇跡のように現れた生命へとつながっていくのだ。

次々と異なるトピックへと展開してく本書ではあるが、通読していると不思議なほどにその内容に一貫性が感じられる。序盤で理解したビックバンや超新星爆発が、中盤から後半で語られるプレートテクトニクスや生命の在り方に実に深く関与していることに驚く。さながら張り巡らされた伏線がきれいに回収されるミステリーのように、著者は物質やエネルギーの収支を強調することで、別々のように見える事象をきれいに繋いでいく。また、どのような現象でもそのスケールを明示することで、全体観を見失うことなく個別のトピックを追うことができる構成となっている。

放射性崩壊による年代測定の原理に対する「芸術家と旅行客の美術館における滞在時間の違い」という比喩や、惑星を大きな燃料電池と考えて物質の循環を考える部分など、単体で抜き出しても十分に面白い内容もたくさんある。それでも本書の美点は、宇宙の起源から生命誕生までを徹底的に描き切った網羅性、それぞれの要素の繋がりを明確にした一貫性、そして何よりその膨大な内容を一般の読者にも分かるかたちで提示した可読性にある。宇宙の広さに、生命の奇跡に、その謎を明らかにしてきた科学と人類の偉大さに、圧倒的な感動を覚える一冊だ。

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作者:ロバート・ヘイゼン
出版社:講談社
発売日:2014-05-21
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作者:大河内 直彦
出版社:岩波書店
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