何が生死を分けたのか? 日本に住むなら知っておきたい『ドキュメント御嶽山大噴火』

2015年1月23日 印刷向け表示
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日本の国土面積は世界の陸地面積の0.3パーセント程度にすぎないのに対し、世界の火山の約7パーセントが日本に集中している。

国内には47の常時観測火山があり、規模は別としてひとつの火山が100年に1度噴火すると仮定すると、(中略)単純計算すれば、2年に1度はどこかの火山が噴火することになる。

2014年9月27日11時52分。御嶽山が突然の大噴火を起こすまで、日本がそんな火山の国であることを常時警戒していた人が、どれくらいいただろう? 観光地として賑わう富士山も、箱根山も、阿蘇山も、火山である。訪れる観光客のうち、どれくらいの人が噴火のリスクを認識しているだろう。

かく言う私も、御嶽山のニュース映像には目を疑った。秋晴れの真っ青な空に上がる、噴煙。折しも晴天の週末、紅葉シーズン、お昼どき。お弁当を食べる登山者で賑わっていた頂上付近の和やかな風景は、地獄絵に塗り替えられた。口絵に掲載されている噴火直後の灰をかぶった山小屋の写真は、古いモノクロ映画に出てくる廃墟のようにすべてが鉛色で、とてもカラー写真とは思えない。

本書は噴火発生からの10日間にわたる動向、生還者や救助にあたった自衛隊員らの証言、研究者による科学的考察などがまとめられている。読みながら、山が好きな人間のはしくれとして、噴火について真剣に考えたことがなかった不明を恥じた。

今回の噴火は、死者57人、行方不明者6人、負傷者69人という大惨事になってしまった。亡くなった方のうち55人が、噴石が当たったことによる損傷死。噴石の速度は時速300㎞にも達し、大きなものは軽トラックほどの大きさがあったというから、当たればひとたまりもない。

生還者の証言によれば、頂上付近は噴石に加えて、硫化水素による呼吸困難、髪の毛が焦げるほどの熱風、噴煙による漆黒の闇、稲妻のような閃光……生きて帰れた人たちも、亡くなった人たちと紙一重の壮絶な体験をしている。

救助活動もまた、過酷であった。噴石が雨のように降り注ぎ、膝まで沈む濡れた火山灰に足をとられ、有毒ガス検知器の警報音は鳴りっぱなし。酸素の薄い山頂付近で防弾チョッキや防弾仕様ヘルメットという重装備、火山灰に埋まった行方不明者の捜索には地雷探知機まで導入したという。

さらに、いまも生還者を苦しめるのが「自分だけ助かってしまって申し訳ない」「あの時、自分が山に誘わなければ」「なんとか助けられなかったのか」といった、サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)である。

先述したような切迫した状況下では、自分の身を守るのが精いっぱいだったろう。東日本大震災の折、「津波てんでんこ」という言葉がよく取り上げられた。噴火でも、これと同じことが言えると思う。「これで死ぬと思った」「よくこんな状況から生きて帰れた」という証言は、決して大げさではないはずだ。

……では、いったい何が生死を分けたのか?

救助現場で働いていた災害派遣医療チームの医師は、生死を分けた分岐点を「噴石に当たったか当たらなかったかが大きかったと思います」と話している。多くの生還者の口にしている言葉がある。

生きて下山したことは、運がよかっただけ。

(噴石が)直撃しなかったのは運だけ。

何が生と死を分けたのかといえば、ひとえに運だったと思います。大勢の人が亡くなった状況を考えれば、「運がよかった」というひと言で割り切ってしまうのはよくないと思いながらも、それ以外には考えられないのです。

噴石が当たるかどうかは、噴火が起きた時どこにいたかに左右され、「運」としか言えないのが実感だろう。それでも生還者の証言を読んでゆくと、たまたま首にかけていたタオルで呼吸を確保できたことや、スパッツが靴に火山灰が入るのを防いでくれたことなど、服装やちょっとした持ち物、とっさの行動が命を守ったと思われる例も少なくない。こうした証言は、今後の安全のためにも貴重な情報だ。

だが、生還者に向かって「危険がわかっていたのに好きで出かけて行ったのだから、自業自得」と言う人もいたという。噴火前の御嶽山は、気象庁の火山情報でも噴火警戒レベル1(平常)。研究者にも予測ができず、御嶽山で活動していた山岳警備隊員でさえ「はじめは雷でも落ちたのだろうかと考えていました」というほど青天の霹靂だったのだ。決して「危険を承知の無謀な登山」だったわけではない。

警戒レベル1の山に登って噴火にあう確率と、町に出かけて交通事故にあう確率、どちらが高いかはわからないけれど、この噴火を契機に「どんな山にも近づきません」という人が増えてしまったら、とても残念に思う。

災害を完全に封じることは不可能。でもその被害を少しでも小さくできる方法があるとするなら、それは――「自然を知ること」ではないか? 相手を知ることによってのみ、相手と渉りあうことができる。本書で知ったが、この御嶽山噴火でも、山を熟知した山小屋スタッフたちの的確な行動が多くの登山者を救っている。

生還者の心にも深い爪跡を残した、今回の御嶽山大噴火。私も山好き同士で仲良くなれたかもしれない人たちがたくさん犠牲になったと思うと、心が痛む。

救助現場で活躍した災害派遣医療チームは、阪神淡路大震災を契機に発足した。私も登山前に知っておいた方がよい情報や、持ち物や服装の再点検をしてみよう。国家レベルでも個人でも、この教訓を生かして、できることがあるはずだ。

※気象庁の火山情報はこちら。 

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