『猪変』 イノシシはそこにいる!

2015年2月6日 印刷向け表示
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猪変

作者:
出版社:本の雑誌社
発売日:2015-02-05
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シカやイノシシの被害で地方は悲鳴を上げている。その声は毎年大きくなり、もはや断末魔の様相を呈している。昨日の日本農業新聞には、イノシシの処分に頭を悩ます福島県相馬市のニュースが出ていた。

東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う出荷停止が続き、捕獲したイノシシの行き場がなく、相馬市では冷凍庫に入れて一時保管してしのいでいる。捕獲しても処分先がないためだ。狩猟税などコストも掛かることから狩猟者が減り、イノシシの生息数や生息域は広がり鳥獣被害は増加、狩猟者の負担は重くなるばかり。現場からは「この先、狩猟は続けられるのか。見通せない」などと切実な声が上がっている。2015 2.5日本農業新聞

田畑の農作物を荒らすサル、シカ、イノシシを退治するには、現状では駆除するしか方法がない。その地域だけ囲い、侵入を防いだにしても、山がやせ細ってしまっている以上、被害はほかにいくばかりだ。野菜を植えても、収穫時には根こそぎ取られる。山は荒らされ維持することもできない。

この問題にいち早く気づき、特集をしていた新聞社があった。中国新聞である。『猪変』は2002年から3年にかけて、ほぼ半年間朝刊で連載されたものだ。

始まりは、ある記者が小耳に挟んだ話だった。

海を泳いで、島に渡るイノシシがおるんじゃげな

実際見たという話もあちこちで聞く。面白がってその話を追いかけていくうちに、農家から被害の大きさを聞くことになった。現れそうな場所に感知式のカメラを仕掛けると、たわわに実ったミカンを引きちぎろうとする瞬間や、ウリ坊がスイカをあさる瞬間をとらえることができた。

行政も手を拱いていたわけではない。しかしそもそも金も人もない中でできることが限られていた。昔から身近にいた動物であったことも、判断を甘くしたのかもしれない。農家が老齢化し、山で丹精していた果樹の面倒をみきれず、放置してしまったという側面もあっただろう。放置された田畑によって、味を覚えてしまったのだろう。

取材班はヨーロッパに飛び、各国の事情も取材している。狩猟のさかんな地域では、ハンターたちが捕らえた野生鳥獣をジビエとして食べる文化が発達している。いまでこそ、この料理を売り物にしたレストランは増えてきたが、今から十年以上前、ジビエはまだ日本人には浸透していなかった。

その上、家畜でない動物は食肉解体場に持ち込めず、食品衛生法によって販売もできない。農林水産省HPの鳥獣被害対策コーナーには平成23年3月に作成されたシカ、イノシシの利活用(捕獲獣肉利活用編)では各地の取り組みが紹介されている。それは、本書の連載が終わったあと、取り組みは始まったようだ。

本書にも記されているが、私は10年ほど前、神戸のどまんなかでイノシシを見かけた。山と海とが近接している神戸では、一時、面白がって餌付けされたイノシシが、生ごみを漁りに山から下りてきた。住宅地の水路脇の遊歩道をトコトコ歩いているところを目撃したときは、目を疑ったが、昨年は襲われて多く被害が出ているようだ

本書の終章は「猪変」その後と題し、現状が追加取材されている。しかしそれは日々のニュースでも飛び込んできている。オオカミの導入、新しい保護策の開発など、話題には上るが後手後手に回っている印象は否めない。冒頭に紹介した福島原発近郊の問題など、解決への道は遠い気がする。

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 もはや、これしか方法はないのかもしれない…

 

千年企業の大逆転

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 体重100キロのイノシシが、時速10キロのスピードでぶつかってきてもこわれない格子状の鉄線の柵、その名も「イノシッシ」を開発した会社も載っている。内藤順のレビュー

 

 

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