『人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』

2015年9月18日 印刷向け表示
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人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病

作者:ダニエル・E・ リーバーマン 翻訳:塩原 通緒
出版社:早川書房
発売日:2015-09-18
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食べすぎと運動不足は身体によくない、とは、つとに知られるところであり、いまさら誰かに言われなくてもわかってるよ、とみなさんも思っているかもしれないが、その一方で、そんな身体に悪いことをついしてしまい、しかもやめられないのはどうしてなのだろう、とつねづね悩んでいる人もきっと少なくないに違いない。

身体によくないことを自然にしてしまう、というのは考えてみれば不思議な話だが、そもそも人間の身体とはどういうものなのかをもっとよく考えてみると、これがまったく不思議でない、いたって当然の話となる。そのような人体に対する深い見方を提供してくれるのが、進化医学という比較的最近になって出てきた学問分野だ。

従来の医学では、病気は悪いもの、健康はよいものとされ、病気を治して人を健康にするために、おもに病気の直接的な要因と、症状への対処法が探られる。それに対して進化医学は、進化生物学の視点から、なぜ病気という状態が存在するのかを出発点として考える。 生物の長い進化の過程に病気の遠因を見いだすこのアプローチでは、必ずしも、よいか悪いかの二項対立はない。ある種の病気の症状は、じつは有益な「適応」であったりするかもしれないのだ。

本書『人体600万年史』は、そのような長い進化の過程から、人間の身体と病とを考察していくものである。発端の600万年前というのは、人類が類人猿と分岐したときだ。それはすなわち、私たちの遠い祖先が直立二足歩行を始めたときである。この決定的に新しい行動とともに、人類の身体には独特の新しい適応構造がいろいろとあらわれることになる。

以後、およそ400万年前にアウストラロピテクスが登場し、250万年前にホモ属が登場して世界各地に散らばり、それからずっとあとの約20万年前に、ようやく私たちの種、ホモ・サピエンス(現生人類)が出現した。この何百万年ものあいだに、そのときどきの環境条件に影響された自然選択の作用を受けながら、人間の身体の基本的な仕組みができあがっていったのである。私たちの身体はなんという長い歴史を持っていることか!

人体の歴史において、つぎに革命的な変化が起こったのは約1万年前のことだった。農業が始まって、それまでの長い狩猟採集生活から定住生活への移行が進んだのである。しかし生活様式が変わっても、身体はそんなに速くは進化しないから、労働事情や食生活などの環境の変化に身体の適応が追いつかなくて、人間はさまざまな健康問題に悩まされるようになった。

これが「ミスマッチ病」と呼ばれるものである。そしてつい最近の250年前、産業革命によって、人体を取り巻く環境にさらに急激な変化が起こり、また別の種類のミスマッチ病がいくつも生じて、深く人間を蝕むこととなった。

前述の食べすぎや運動不足が身体によくないというのは、まさにこのミスマッチ病のことであり、具体的には糖尿病や心臓病といったかたちであらわれる。ほかにも骨粗鬆症やアレルギー疾患やアルツハイマー病など、現代病と呼ばれている病はすべて進化的なミスマッチが原因で発生する。

しかも悩ましいことに、これらの病は原因を根本から絶つのがとても難しい。おいしい食べ物がふんだんにあり、身体を動かさなくても支障なく生活していける環境は、現代人にとっては便利でありがたいものであるだけに、それが病の原因になるとわかっていても、是正することなく次世代に伝えていってしまうため、また次世代の人々が同じ病に悩まされる。この悪循環を、本書では「ディスエボリューション」と呼んでいる。ここで初めて提案された新しい用語だ。

そのディスエボリューションを食い止めて、ミスマッチ病を予防するにはどうしたらいいかについての考察が、本書の最終章のテーマである。過去から現在への長い進化の旅を踏まえたうえで、未来の進化をどう形成するかはあなたしだいだ、という著者のメッセージが込められている。600万年の人体の歴史を読み通してきたみなさんは、それに対してどんな答えを出すだろうか。

著者のダニエル・E・リーバーマンは、ハーバード大学で教授を務める人類進化生物学者で、『ネイチャー』や『サイエンス』などの学術誌に多数の研究論文を発表している。なかでもとくに有名なのが、2010年に『ネイチャー』に掲載された、裸足(ベアフット)ランニングについての論文だ。

裸足のランナーと靴を履いたランナーとの走行を比較すると、裸足のランナーはかかとではなく足裏の前方(フォアフット)で着地するフォームをとっており、こちらの走法のほうが着地時の衝撃が少なく、したがって怪我のリスクも軽減されるという。

この研究はさまざまなメディアで取り上げられ、 「裸足への回帰」という趨勢を生み出した。本書でも、裸足ランニングとそのメリットについては第12章で詳しく語られており、あわせてコンフォートシューズの弊害など、目から鱗が落ちるような指摘もなされている。また目から鱗といえば、本書には、「フルーツジュースはしょせんジャンクフード」 という衝撃的な一文もある。その意味するところは、実際に読んで確かめてくださいますように。  

人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病

作者:ダニエル・E・ リーバーマン 翻訳:塩原 通緒
出版社:早川書房
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