『ありのままの私』何が息苦しさを生み出すのか?

2015年10月1日 印刷向け表示
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ありのままの私

作者:安冨 歩
出版社:ぴあ
発売日:2015-07-30
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2014年の流行語に「ありのままで」が選ばれたことは記憶にあたらしい。それは現代社会が「ありのままでは生きづらい」ことの裏返しとも言えるだろう。本書は、東京大学東洋文化研究所の教授が、“男性装”をやめ、“女性装”を始めたことで、50代になってようやく「ありのままの自分」を見つけた、その過程と考察がまとめられている一冊である。

いわゆる“トランスジェンダー”(男性から女性、もしくは、女性から男性に、「性」を転換すること)の人の自伝的書物は少なからず存在するが、たいていは自身の半生を追った体験記である。そうした書物を手にとるのは、自分自身がセクシュアリティに関わる悩みを持っている人や、もしくはトランスジェンダーがどんな“生きモノ”なのかに興味を持つ人たちではないだろうか。

著者近影(撮影:烏賀陽弘道、メイク :藤岡ちせ)

本書も、そうした筆者の体験談の数々が丁寧に記されているが、そうした個人的エピソードを超えて、心理学的、もしくは社会学的分析が散りばめられているところが本書の読みどころとも言えよう。

例えば、化粧についての考察。女性装を始め、化粧もするようになった筆者は、「女っぽくなろう」と化粧をするのが間違えであることに気づく。もともと男っぽい顔立ちの自分が「女」になろうとするのは、「自分でないもの」を目指すことになるからだ。だがこれは単に「男→女」にのみ当てはまる話ではない。

人間は大人になる過程で、どこからか「劣等感」が入り込む。「どうせ私なんかダメだ」「ブサイクだ」と思い込んでいると、「美しくなる」=「自分ではなくなる」ため、美しくなろうとすればするほど、ありのままの姿から離れ、一層醜くなってしまう、と筆者は語る。

人間は、その人自身のありのままの姿であるときが、最も美しい.

劣等感から抜けだし、自分自身のあり様と直面する勇気をもつ。女になろうとするのではなく、自分になろうとして化粧することで、いつの間にか女っぽくなっていったと言う。

逆もまた然り。筆者は「女性装」(普通に衣服を着ているだけで、それがたまたま女性の服であることから、「女装」ではなく「女性装」であると、筆者は強調している)に変えたことで、自身の考え方や言動も変わったという。男性装をしていた頃は、攻撃的な言葉で他者を批判し、Twitterで売られた喧嘩を買うようなところもあり、性欲も自分で持て余し気味だった。

しかし女性装を始めてからは、安心感を感じ、性欲も落ち着き、批判や攻撃をすることよりも、問題の陰にある資源や機会を見つけて伝えようとする姿勢に変わった。かつての自分が攻撃的・暴力的だったのは、「自分自身でないもののフリ」をしていたことでストレスが溜まっていたからではないかと筆者は分析している。Twitter上で匿名性の影に隠れ、罵詈雑言を投げつけているような人たちも、同じように何かしらのストレスが溜まっているのかもしれない。

「ありのまま」「あるべき自分の姿」であることが、自分自身にとっても他者との関係性においても望ましいことを示したうえで、今度はそれを許さない社会からの側面を取り上げている。その1つの具体例が「性同一性障害」だ。この概念は、性別を越えて生きることを自分の個性・特性と考えるトランスジェンダーを抑圧する。

「心の性と身体の性の不一致を放置してはならない、治療しなければならないという考え方は、医学の皮を被った性規範の強制にほかなりません。
(歴史学者・三橋順子の著書『女装と日本人』より抜粋している部分) 

子供が生まれたら「男」か「女」のどちらかに帰属させ、それぞれの集団にふさわしい振る舞いをするように圧力をかける。その規範や文化に順応すれば「秩序」が生まれ、それができないと「無秩序」になって社会が崩壊する。男女の区分けからはみ出す人たちの存在を認めつつ、秩序を保つために便利なのが「障害」という言葉だ。「かわいそう」な「障害」を持っている「異常者」だから、手術を受けて本人が帰属したいと思っているほうへ「性別再割り当て」をする。それは本人の幸せを願ってのことではなく、あくまで社会の表面的秩序を保つためである。

こうした社会秩序維持のための強制的矯正は、性同一性障害やジェンダーの問題に限ったものではなく、同じように社会の「枠」からはみ出すような存在に対し共通で行われる「権力による普遍的な抑圧の一形態」である。

筆者は、「バブルだとか、戦争だとか、環境破壊とか、そういった、誰にとっても良くないことを、どうして人間は皆で一生懸命やってしまうのか?」ということをテーマに研究してきた学者である。そして20年以上研究を重ねた結果、「自分自身でないものになろうとすること」が共通の解として見えてきたと、前書きに記している。

そう、本書はセクシュアリティを切り口とした社会学の本なのだ。いや、そもそもセクシュアリティ自体が人間の一部であり、社会の一部であり、何か特殊に切り離されて存在しているわけではない。そんなことを読後に感じさせる1冊である。セクシュアリティに関心がない人も、特に「ありのまま」という言葉にシンパシーを感じる人は、ぜひ手にとっていただきたい。 

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