『BOLD 突き抜ける力』日本人こそピーターの教えを実践し、エクスポネンシャル起業家を目指せ解説 by 袴田 武史

2015年10月17日 印刷向け表示
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著者のピーター・H・ディアマンディスは、シンギュラリティ大学の共同創設者であり、グーグル・ルナー・Xプライズと呼ばれる、民間初の月面無人探査を競うコンテストを企画した人物でもある。そのコンテストに日本から唯一参加しているのが、HAKUTOチームを率いる袴田 武史氏。本書の骨子でもある「エクスポネンシャル」というキーワードについて、袴田氏に解説していただきました。(HONZ編集部)

ボールド 突き抜ける力 超ド級の成長と富を手に入れ、世界を変える方法

作者:ピーター・H・ディアマンディス 翻訳:土方 奈美
出版社:日経BP社
発売日:2015-10-17
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2005年3月、私は熱気に満ちた教室の片隅で講演を聴いていた。そこでは、本書『ボールド 突き抜ける力』著者のピーター・ディアマンディスが企画したアンサリ・Xプライズ(民間による最初の有人弾道宇宙飛行を競うコンテスト)で2004年にミッションを達成した民間宇宙船スペース・シップ・ワンのパイロットであるピーター・シーボルト氏が、その偉業について話していた。

当時、米国ジョージア工科大学で航空宇宙工学を学ぶ大学院生だった私は、彼の話に魅了された。民間の力のみで、宇宙旅行を実現できる宇宙船をたった3000万ドル、3年半で、しかもわずか30人のチームのベンチャー企業が達成してしまうなんて。私はこれこそ、政府による宇宙開発から民間による宇宙開発に大きく変化が起こる兆しだと直感した。

これが私のピーターとの最初の接点であり、彼が本書でも説いていることに、私も多大な影響を受けた。あれからおよそ10年後の現在、私はピーターの企画したグーグル・ルナー・Xプライズに日本から唯一参加するHAKUTOチームを運営し、民間初の月面探査に挑んでいる。本書でも紹介されているが、グーグル・ルナー・Xプライズは民間初の月面無人探査を競うコンテストのこと。世界から29チームが参加し(2015年9月現在では16チーム)、賞金総額は3000万ドル。ミッションは、2017年12月31日までに月面に純民間開発の無人探査機を着陸させ、着陸地点から探査車(ローバー)を500メートル以上走行させ、指定された高解像度の画像、動画、データを地球に送信することだ。

さらに私は、宇宙産業のスタートアップとして ispaceという会社を創業した。「Expand our planet. Expand our future.」というビジョンを掲げ、宇宙ロボット技術を活用して、人類が宇宙で生活圏を築ける世界を目指そうとしている。

東北大学の吉田 和哉教授

HAKUTOは ispace が運営し、グーグル・ルナー・Xプライズのミッションを実現するために、東北大学の吉田和哉教授の研究室の協力を得て、超小型・軽量の月面探査ローバーを開発している。月面まではほかのチームの月面着陸船とパートナーを組み、われわれが最も得意な月面での探査にミッションを限定してコンテストに挑む。吉田教授は宇宙ロボティクス分野の世界的権威で、人間の立ち入らない環境で活用するロボットの研究に取り組んでいる。これまで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査ミッション「はやぶさ」「はやぶさ2」の開発に携わったほか、自身の研究室主導による50キログラム級の超小型衛星の開発や、福島原発に日本のロボットして初めて入った「Quince」の開発などを手がけており、今までの研究で培った経験をローバーの開発に活用してもらっている。

また、HAKUTOの活動は、プロボノメンバーに支えられている。プロボノとは、さまざまな分野の専門知識を持った人材による社会貢献活動のこと。プロボノメンバーは宇宙プロジェクトに参加したいと情熱を持った社会人や学生たちで、本職での能力を持ち寄り、ボランティアとしてプロモーション活動などを担当し、このプロジェクトに貢献している。2015年夏現在、プロボノメンバー数は約50名、過去のメンバーも含めると100名以上に達する。

グーグル・ルナー・Xプライズのミッション実現において、月面への到達を妨げているもっとも高いハードルはコストだ。打ち上げコストなど、主なコストは重量にほぼ比例する。したがって、第一原理に戻ると、小型化・軽量化を究極まで突き詰めることがわれわれの戦略になる。そのため、ほかのチームが、従来のNASAなどの惑星探査ローバーを模倣し、単純にスケールダウンしただけの30キログラム程度の月面探査ローバーを開発するなか、HAKUTOでは10キログラム以下、最小のものは1キログラム程度の複数の月面探査ローバーを開発している。

月面探査ローバー

これだけ大胆にスケールダウンするために、HAKUTOの月面探査ローバーは従来にはない設計思想を多数取り入れている。そのため、短いサイクルでのトライ・アンド・エラーが欠かせない。こうした努力は成果を結びつつある。HAKUTOは、グーグル・ルナー・Xプライズの参加チーム内で技術的に進んでいるチームに贈られる中間賞を2015年1月に授与された。現在では、中間賞を受けたほかの4チームとともに優勝候補の一角と目されている。そして、グーグル・ルナー・Xプライズの期限である2017年末までの打ち上げを目指して一歩ずつ歩み続けているところだ。

私は本書を読んで、HAKUTOは、ピーターの申し子とも言えるチームかもしれない、と率直に感じた。なぜならピーターがつくったグーグル・ルナー・Xプライズに参加するチームであることに加えて、本書で解説されていることの大半がHAKUTOに当てはまっているからだ。

HAKUTOの中心メンバーは、ピーターの創設した国際宇宙大学の関係者だ。HAKUTOの技術面を支える吉田教授は、ピーターの思想に共感し、国際宇宙大学でも20年近くにわたり宇宙ロボティクスの授業を受け持っている。また、吉田教授の下で、HAKUTOの開発に参加している学生のなかにも国際宇宙大学の卒業生が複数いる。そもそもHAKUTOのグーグル・ルナー・Xプライズへの挑戦は、2010年に、ヨーロッパを拠点とする「ホワイト・レーベル・スペース」というチームとパートナーシップを組んで参加することから始まった。その「ホワイト・レーベル・スペース」をリードしていた人間も国際宇宙大学の卒業生で、国際宇宙大学のネットワークにより、吉田教授が参加するに至った。

また、イノベーションを起こしやすくするために、スカンクワークス式を取り入れている。特に月面探査ローバー開発では、既存の政府系宇宙開発からは完全に隔離することで、よりリスクテイクを助長し、大胆なアイデアを奨励し、早く、たくさん、前のめりに失敗できるように心がけている。

さらには、推進力を得るために、クラウドの力を活用したチーム運営を行っている。HAKUTOは組織の一部にプロボノ組織、そしてサポーターズクラブを構築しており、図らずともピーターの言うエクスポネンシャル・コミュニティーになっている。

自分自身を本書に当てはめてみると、「突き抜ける」ためのマインドセットを自然に持つようになったようだ。子供のころはそんなことはなかったのだが、この道と決めてからは、集中力と粘り強さは、私の強みであるし、モデレーターに必要なコミットメントも持っている。今まで自らで考えてやってきたことが、本書の中で説明されていることに驚いた。

まさに、HAKUTOはピーターの説くエクスポネンシャルな組織として活動しているのかもしれない。

本書のような考え方は日本人向きではないと言われることも多いかもしれない。しかしながら、私はそうは思わない。日本人である私自身やHAKUTOチームが本書の思想を実行しているからだ。多くの日本人がエクスポネンシャル起業家への道を歩もうとしないのは、ピーターの言うように正しいマインドセットがなかなか持てないことが原因なのだと思う。日本人は、自分のなかに勝手に描いているイメージだけで海外勢の凄さに圧倒され、萎縮してしまっているように感じる。これからはクラウドの力に象徴されるように、世界中の人たちと協業し、争わなければならない。私は、日本人の能力は多くの点で優れていると思っている。まずは実際に、日本の外の世界に触れてみることから始めたらいい。案外、日本国外も大したことはないと感じるかもしれない。

最後に、Xプライズにも日本からの参加チームがぜひ増えてほしいと心の底から思っている。Xプライズが掲げるチャレンジはいずれも解決のためにテクノロジーが必要なものばかりだ。日本は技術立国と言われている。それなのに、日本人チームがわれわれ以外に参加していないことに、怒りを通り越してむなしさを感じてしまう。日本人はなまじ頭がよくなりすぎて、論理的な評論しかできず、行動できなくなったような気がする。本書を読んで、多くの日本人に正しいマインドセットを持つきっかけにしていただきたいと切に願う。  

袴田 武史(Xプライズに挑戦する起業家)
1979年生まれ。名古屋大学工学部卒業、米ジョージア工科大学大学院で航空宇宙工学の修士号を取得。コンサルティング会社をへて、2010年グーグル・ルナー・Xプライズ参加のため設立された「ホワイト・レーベル・スペース」にボランティアとして参加。2013年欧州チームの撤退を受け、組織を日本単独のHAKUTOに改組。運営母体であるispace を設立し、代表に就任。  

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作者:成毛 眞
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