『ダレス兄弟 米国務長官とCIA長官の秘密の戦争』神に選ばれし国アメリカを体現した男たち

2016年1月8日 印刷向け表示
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ダレス兄弟: 国務長官とCIA長官の秘密の戦争

作者:スティーブン キンザー 翻訳:渡辺 惣樹
出版社:草思社
発売日:2015-11-19
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バージニア州にダレス国際空港という名の大空港がある。この空港がジョン・フォスター・ダレス元国務長官の名前に由来していることを、知らない人もいるかもしれない。著者は本書冒頭でこの空港を訪れる。この空港のシンボルである、ダレス国務長官の胸像を見るために。しかし、どこを探しても見つからない。幾度も改築を重ねるうちに胸像はどこかへ運びさられたようだ。空港関係者を訪ね、著者はついに胸像を見つける。

ダレスの胸像は、一般人が立ち入る事の出来ない部屋の一角に鎮座していた。冷戦の闘士として共産主義と戦い続けた政治家も、かつての輝きを失い、人々の記憶から消え去ろうしている。政治家の評価とは時代のフィルターを通し変化し続けるものなのだろう。

本書は1950年代にアメリカ外交を表と裏から支配した、ジョン・ダレス国務長官とアレン・ダレスCIA長官が、いかに世界の国々に政治的介入を繰り返し、現代社会に続く緒問題を発生させたかを、いま一度問い直している。

ジョン・ダレスとアレン・ダレスの兄弟はアメリカの名門の家に生まれた。母型の祖父のジョン・ワトソン・フォスターは1890年代に国務長官を務めた大物政治家であり、叔父のロバート・ランシングも国務長官を務めている。父方の家系は宣教師を輩出しカルヴァン主義思想の信奉者であった。

幼い兄弟は、この家庭でアメリカのエリートとしての英才教育を施される。ジョン、アレン兄弟の世界観は共通している。アメリカは神に選ばれた特別な国であり、カルヴァン主義的な思想を宣教師的情熱で世界に広げる事こそが、神に選ばれたアメリカの使命だと固く信じていた。

兄弟は同じ思想、同じ世界観を共有していたが、性格は大きく違っていたという。ジョンは生真面目な性格であり、冗談はあまり口にせず、妻を終生愛し続けた。自他ともに厳しく、名門校の口うるさい校長先生といった印象の男であった。一方のアレンは社交的で派手好き、人好きのする男で、女性関係も華やかであった。その裏では人を騙すことや斬り捨てる事を平気で行える冷酷な一面もあったという。ちなみに、CIA史上で悪名高い「MKウルトラ」の実験もアレンの体制の下で行われている。

長じた二人はウォール・ストリートにある、米国大手の国際法律事務所サリバン&クロムウェル(S&C)に就職する。ジョンはここで頭角を現し、パートナー弁護士(共同経営権を持つ)にまで出世する。一方で叔父のロバート・ランシング国務長官の下で外交官としてのキャリアも積み世界中の政治、経済の大物との太い繋がりを築きあげる。一方のアレンはさほど、この仕事に熱心には取り組んでいなかったようだ。しかし、第二次世界大戦でアレンは天職を見つけることになる。彼はOSSのスパイマスターとしてスイスに赴任する。スパイとしての生活は、彼に興奮と刺激を与えた。アレンは諜報という仕事の虜になる。

ちなみにジョンは、戦前の一時期ナチス政権を擁護していた。彼はナチスが共産主義の防波堤になると信じた。またS&C社での彼の顧客には、ドイツの大企業がいくつも存在した。そのひとつにIG・ファルベンなどがある。このドイツの会社は戦中にユダヤ人虐殺のために使われる毒ガスの製造やユダヤ人を使った人体実験などで、悪名を馳せる事になる。ジョンの親ナチスの立場は、戦後のキャリア形成に少なからず、悪影響を及ぼした。

困難はあったが、戦後、それぞれの道で出世を遂げた兄弟は、国務長官とCIA長官として、外交政策に携わる事になる。世界観が共通する兄弟は、プライベートの時間なども利用し、政策を決定していく。この親密な間柄は、次第に国務省とCIAの垣根を曖昧にしていく。円滑に物事が進む点は良いのだが、物事の決定に際して、反対意見や違う角度からの再検討がなされる事がなくなり、二人の意のままにアメリカ外交が進んでしまうという弊害が生まれた。

ジョンの外交方針に従い、アレンが実行した諜報工作で政権を転覆させられたイランのモハマド・モサデック首相やグワテマラのハコボ・アルベンス大統領は、共に国民が民主的に選んだ男たちだ。著者は、この二人の政治運営や思想を吟味し、彼らは必ずしもアメリカの敵でなかったと結論する。

アルベンスは共産主義者だが、必ずしもソ連からの協力を受けていたわけではない。彼は政府と官僚の腐敗の原因であり、国民の貧困の原因でもあるユナイテッド・フルーツ社の影響を削ごうと画策した。しかし、この会社はS&C社の最大の顧客であった。それがジョンの逆鱗にふれたのだ。モサデックにいたっては、はっきりとした反共思想の持ち主であった。愛国者の彼は、外国資本がイランの富をただ同然で吸い上げている経済状況を改善し、イラン国民に富の恩恵を与えようとした。ジョンにとってその行動は経済の自由という原則を踏みにじる、共産主義的考えにうつったのだ。

二人の兄弟はキリスト教的な善悪二元論で世界を見ていたという。共産主義、特に経済の自由を脅かす者、善なる戦いを行うアメリカに協力しない中立思想を持った政治家は、全て悪だと考えた。彼らは植民地からの独立を達成したナショナリストたちが目指した、民族の自立という考えを理解できなかった。冷戦構造から離脱し、中立的なポジションを取ることは共産主義を助ける行為だとダレス兄弟は断じた。二人は第三世界に生まれた民主的な国家に介入し、次々と軍事独裁政権を作り上げる。その結果、多くの国で現代にまで続く負の影響を残すことになる。

本書には他にもインドネシアのスカルノ工作やベトナムのホー・チ・ミン、またコンゴのパトリス・ルムンバなどの工作が紹介されている。スカルノは明らかに親米派であったが、彼は冷戦構造から距離を置くという政策をとっていた。ホー・チ・ミンは社会主義者だが、彼はアメリカに融和を求めていた。彼らを反米的な立場に追い込んだのはダレス兄弟の曖昧さを許さぬ二元論であったと著者は分析する。興味深いのは日本の岸信介を通じてダレス兄弟が日本の政治にも介入していたという記述が数行だが存在する点だ。また、彼らを最後まで支えたアイゼンハワー大統領とダレス兄弟の関係も興味深い。ダレス兄弟のクーデターや暗殺計画に暗黙の許可を与えていたのは、アイゼンハワーなのだ。

本書の著者は孤立主義的な立場にある人物なのであろう。彼はリベラリズムに基づく干渉主義が、いかに弊害の多い物であるかを、本書を通して訴えようとしている。当然、これに反対する立場から見たダレス兄弟の視点もあるだろう。ただひとつ言える事は、アメリカは自由を体現した特別な国だという宗教的な信念が、この国の一部の人々の間では、今なお共通の認識として存在しているという事だ。アメリカの歴史、政治を見ていく上で、この考えを無視することはできない。そういった意味でも一読する価値のある本だ。
 

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