起業ジャーナリズムの可能性
CUNY大学院ジャーナリズム学科のキャンパスは、マンハッタンの219番地西40丁目にある。かつて『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』の編集局があった建物で、『ニューヨーク・タイムズ』の現社屋も同じ西40丁目の8番街の角にある。
コロンビア大学大学院ジャーナリズム学科という著名なジャーナリズムスクールがあるニューヨークで、後発のCUNYが目玉の一つとして取り組んでいるのが起業ジャーナリズムである。ジャービスは、Kommonsというサイトで、起業ジャーナリズムをこう定義している(現在は公開終了)。
「新しい、持続可能な(sustainable)ジャーナリズムの会社を立ち上げ、運営する能力。それはベンチャーかもしれないし、大企業の一部門かもしれない。だが、ジャーナリズムの未来はイノベーション(革新)からしか生まれないし、私たちはジャーナリズムを存続させるための手立てを見つける必要がある。しかもそれは、新しいビジネス環境に見合ったものでなければならない。(中略)状況は根底から変わり、しかも後戻りはしない。私たちには成功モデルが必要だ。学生たちには、ビジネスの力学と技能、そしてメディアビジネスそのものについて教え、彼ら自身のビジネスを孵化させる手助けをしていく」
最初は一科目の授業として起業ジャーナリズム教育を行っていた。その後、タウ財団とナイト財団からそれぞれ300万ドルの助成金を得て、CUNY自身も400万ドルを集め、2010年に起業ジャーナリズム・タウ・ナイト・センターを開設し、研究と教育の両面で拡充を図った。前述の通り所長はジャービスで、ジャーナリズムと経営学(MBA)の二つの修士号を持つジャーナリスト、ジェレミー・キャプラン(Jeremy Caplan)が教育担当ディレクターを務めている。
2011年からは、履修者に修了証書を発行する起業ジャーナリズムのコースを毎年春学期(1月から5月にかけて)に開講している(CUNY大学院ジャーナリズム学科でジャーナリズムの修士号を得て、さらに起業ジャーナリズム・コースを修了した学生には起業ジャーナリズムの修士号も授与する)。このコースでは、最後に行われる自らの新規事業のプレゼンに向けて、全ての授業や個別指導が積み重ねられていく。短期集中で、プレゼンが近くなるにつれ胃が痛くなるコースである。
次の5つの科目を開講している。
①ビジネスの基礎
経営学の基礎を理論とケーススタディを通じて学ぶ。
②ニュースの新しいビジネスモデル
デジタル時代にふさわしいジャーナリズムの経営のあり方を研究する。
③ジャーナリストのための起業スキル
起業を成功させるための実践的なテクニックを学ぶ。
④新興企業でのインターンシップ
スタートアップのメディア企業でインターンを経験する。
⑤新規ビジネスの立案
受講生が自らの起業案を煮詰めて、最後にプレゼンする。
ジャービスとキャプランが合同で担当する授業には筆者も何度か参加したことがあるが、才気煥発のジャービスと練ったコメントを述べるキャプランが化学反応を起こし、思考を活性化するものになっている。
カリキュラムは毎年吟味して改善を加えている。当初は「技術イマージョン」と題して、デジタル技術の基礎的な知識を学ぶ授業も開講していた。やがて、ジャーナリストと技術者は分業で、ジャーナリストは技術者と会話が成立すればよいという考えに至り、そのかわりに「ジャーナリストのための起業スキル」を開講するようになった。
また、インターンについては、自らの起業案をブラッシュアップするのにより多くの時間を割くべきという考えから、希望者のみが経験するようになっている。
これまでのフェローのプロフィールは以下に記載がある。
2011─2014年:http://towknight.org/fellows/
2015年:https://docs.google.com/document/d/1BMuaneXeFN3_dabYntOz8vUx
D4rCYlw8gJwFh_iV-0E/edit?pref=2&pli=1#bookmark=id.la9s1cft6mau
2016年:http://www.journalism.cuny.edu/2016/03/introducing-the-2016-tow-knight-fellows/
日本からは、筆者が世話人になって、2013年に読売新聞社の栗山倫子、2014年に朝日新聞社の井上未雪が学んだ。さらに、2016年の今年は講談社の石井克尚が学んでいる。
これまでの事業案から、ここではサンプルとして5つほど紹介しておこう。
・Narratively
2012年のフェロー、ノア・ローゼンバーグ(Noah Rosenberg)のプロジェクト。ヒューマンストーリーを長文記事で掘り下げる。
・Skillcrush
2012年のフェロー、アダ・バーニア(Adda Birnir)のプロジェクト。ウェブデザイナーなどを目指す人のための、有料オンライン教育コース。
・Big Girls, Small Kitchen
2013年のフェロー、カーラ・アイゼンプレス(Cara Eisenpress)のプロジェクト。
小さなキッチンで手軽に美味しい料理を作るためのサイト。
・Bushwick Daily
2014年のフェロー、カタリーナ・ヒベノヴァ(Katarina Hybenova)のプロジェクト。クリエイティブな人々が集うブルックリンのブッシュウィック地区で建設的な議論を活性化させるオンライン・マガジン。
・NK News
2015年のフェロー、チャッド・オー・キャロル(Chad O’Carroll)のプロジェクト。北朝鮮に関する独立系ニュースサイト。
地の利を得て、起業ジャーナリズム・タウ・ナイト・センターは起業を志す人のハブの役割を果たすようになっている。起業家による事業案のピッチや起業ジャーナリズム教育のあり方など、様々なテーマでイベントも開催している。
ソーシャル・ジャーナリズム・コースの開設
さらに、ジャービスの発案に基づき、CUNY大学院ジャーナリズム学科は2015年にソーシャル・ジャーナリズムのコースを開設した。こちらは、コミュニティが抱える問題を解決するのを助けるサービスを提供するジャーナリズムの発展を目指している。一年間の受講でソーシャル・ジャーナリズムの修士号を授与し、ディレクターはミズーリ大学で博士号を得たキャリー・ブラウン(Carrie Brown)が務めている。
このコースについて詳しくは、こちらをご覧いただきたい。