お腹が空いてくる! 『韓国食文化読本』

2016年11月19日 印刷向け表示
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タイトル

作者:朝倉敏夫・林史樹・守屋亜記子
発行:国立民族学博物館
発売日:2015-08-26

変なかたちの本なんである。そして、やたらとたくさん、韓国料理の写真が出ているんである。発行元は「国立民族学博物館」。115項目にわたって、隣の国の「食」についてまとめられている。そういえば、知っているようで知らない韓国のごはん。たとえば、韓国ドラマで食べていた「ワカメスープ」はなんだったのか?

変なかたちのこの本、幅220ミリ×高さ185ミリで、普通よりも幅が広くて高さがある。写真が映えるし、見開きでいろいろな情報を一覧できるので、食を紹介するにはよい大きさなのかもしれない。

韓国の市場で売られているナムル

なにしろ、発行元の国立民族学博物館といえば、大阪の千里にある、万博記念公園の「太陽の塔」のそばにあるあの博物館だ。「みんぱく」と呼ばれ、博物館としてだけではなく、その舞台裏は大学院教育をもおこなう文化人類学・民族学とその関連分野の研究所である。

この本は、日韓国交正常化 50 年を記念して、「みんぱく」で開催された特別展「韓日食博~わかちあい・おもてなしのかたち」を一冊にまとめたものだ。

お酒をそそぐときは手をそえて

「韓国と日本の食文化と博物館」をテーマに、韓国国立民俗博物館と共同で、2015年の夏から秋にかけて開催したそうだ。「My七味づくり」なる食のワークショップもあったそうな。行きたかった! 

どういう主旨なのか、「はじめに」をひもといておこう。「みんぱく」で「朝鮮半島の文化」を担当されていた、筆者の朝倉敏夫名誉教授の言葉だ。「食文化」の話から続く。

私たちが研究する民族学は、食物や食事にたいする態度をきめている精神のなかにひそむもの、すなわち人びとの食物に対する観念や価値の体系を見つけ出そうとする学問である。

ふむふむ。単なるグルメや料理の本ではなさそうだ。

韓国国立民俗博物館の職員食堂でのキムジャン2014年

ちなみに、韓国ではなんでも「食べる」そうだ。「歳を食う」=歳をとること、「暑さを食う」=暑さ負けする、「心を食う」=決心する、「辱を食らう」=悪口を言われる、となんでも食べることで表現する。日本語の「世帯」は、「食口」とも言うそうな。

それならこの「食」の切り口で韓国の文化を見てみよう。そういうわけなのだった。

まじめな一冊かなと最初は身構えたのだけれど、いや、もちろんまじめな一冊であることは確かなのだけれど、気になる箇所をななめよみするだけでも、これがおもしろい。食文化をその土地で丹念に研究した結果を、一般向けにわかりやすくまとめてある。

豚肉の焼肉

この「食」を切り分ける項目が、細かいこと細かいこと。その数115。「飯」「汁・湯」「肉」「菜食・副食」「キムチ」「粉食」「調味料」「甕」「食器」「台所」「食と人生儀礼」「食と歳時風俗」「食の思想」「食と教育・情報」「韓国の日本食」「日本の韓国食」という大きな枠の中に、たとえば「飯」のなかに「飯は生命」「コメと韓国人」「飯茶碗の大きさ」……というふうに、115の項目がぎっしり。

例をあげると、「飯」のところには最初に説明がある。韓国では「こんにちは」は「アンニョンハシムカ?」だが、親しい人の間では「ご飯食べた?」=「パンモゴッソヨ」というそうな。日本では箸だけで食事をするが、韓国では匙と箸を使うことなど、同じご飯と汁と漬物をたべるにしても、その食べ方において、似て非なる文化を持つ、ともある。「飯」の文化的な奥行きが最初に説明されているのだ。

読み進めると、「飯」の項目のひとつ、「飯茶碗の大きさ」のところには、2012年12月18日に『朝鮮日報』に載った「コメ食べなくなった韓国人、茶碗の容量は70年前の半分以下」なる記事の紹介が。陶器メーカーのZEN韓国という会社が、自社で製造した茶碗の容量を年代別に比較した資料について触れられている。その内容はといえば――。

日本では、おかわりをするので、茶碗の大きさは米の摂取量に直結しない。ところが、韓国では、山盛りではあるが茶碗一杯の米をそのまま食べることがふつうなので、茶碗の大きさイコール米の消費量だそう。そこで、各年代の茶碗の容量を水で満たしてはかる。

なんと、1940年代は680mlだったのが、60~70年代には560ml、80年代には390ml、2000年代には290mlだそうな! つまり、この70年間で韓国人の米摂取量は6割減。お隣韓国でも米の消費量が減っている……韓国ではおかわりをしないのか……などさまざまに読み解けるのである。

「肉」のところにある「チキン」にも気になる記述があった。「チメク」なるものが近年流行している、とあるのだ。なにかと思いきや「チキン」(フライドチキンや、「トンタク」という、鶏一羽を電気オーブンでまるごと焼いたもののことを指す)と「メクチュ」(ビール)のセットのことで、仕事帰りにこれで一杯、が日常的風景になっているらしい。

韓国第三の都市、大邱(テグ)では、2013年からチメクフェスティバルが始まり、大盛況だともいう。日比谷公園でやっているオクトーバーフェストのようなものなのか、B-1グランプリのようなものなのか、想像が膨らんでいく。人気ドラマの影響で中国にも浸透しているとかで、目指すは世界展開とのこと。世界展開……って、なにをするのだろうか!?

「粉食」のところの「チャヂャン麺とブラックデー」なんぞ、タイトルだけではよく意味がわからない項目だった。チャヂャン麺、日本で言うジャージャー麺は韓国では人気メニューで、一日に700万皿が売れるそう。2012年には仁川にチャヂャン麺博物館もついに開館し、日本の「一杯のかけそば」と似た人情話は、韓国では「一杯のチャヂャン麺」になるという……。

そして、瞠目したのがこの記述。

4月14日は、バレンタインデーやホワイトデーと縁がなかった男女が黒い服を着てチャヂャン麺を食べるブラックデーとされる。

って、どういうつもりなのか、おもしろすぎるぞ。

疑問に思っていたワカメスープについては、「食と人生儀礼」のところにあった。出産と深いつながりがあるため、誕生日の定番料理なのだとか。ドラマで重要なアイテムとなるわけだ。

と、盛りだくさんで、紹介しているとキリがない。

115の項目それぞれを、読んでは日本と比較したり想像を膨らませたり、と広がっていき、少しずつ読み進めて1週間ほど時間をかけて私は楽しんだ。料理やレストランガイドの本は多いけれど、韓国の人がどんなものを日々食べているか、どんなふうに口にしているかを教えてくれる一冊は意外にない。

旅行の出張にと韓国に出かける機会も多いはず。この本で、ふつうの韓国のひとのごはん事情を知っておくとなにかと役立ちそうである。
しっかし、お腹が空いてくる!

※画像提供:国立民族学博物館所蔵

韓国の食 (平凡社ライブラリー (529))

作者:黄 慧性
出版社:平凡社
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麺の文化史 (講談社学術文庫)

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