没後ほぼ四半世紀を経て、その功績や人物像が見直されつつある国家リーダーが2人いる。田中角栄とリチャード・ニクソンだ。ニクソンはエヴァン・トーマスの『Being Nixon』(2016年3月)が出版ブームに火を付け、10点以上の書籍が発行された。歴代のアメリカ大統領で唯一任期中に辞任した彼は、ソ連とはデタントを進めながら、対中国交正常化の端緒を開き、ベトナム戦争に終止符を打った。しかし、ウォーター・ゲート事件での対応をあやまり、最悪の大統領としてアメリカ国民の心に刻み込まれていた。『戦略家ニクソン』はアメリカ人がニクソンを見直す20年も前に、日本人によってフェアに人物像と功績が描かれている。
近年の池内恵さんの著作により、1916年に英・仏・露が結んだサイクス・ピコ協定がイラク・シリア問題の元凶であることが日本でも知られ、日本人の中東観を変えはじめた。しかし、2004年、気鋭のジャーナリストがイラクの歴史に切り込んでいたことはあまり知られていない。次々と登場する人物たちと民族や宗派。その無数の分子が綾なす運動を壮大な叙事詩として描く。『イラク建国』はその名文ゆえに、文章を学習する徒にとっても読まれるべき一冊である。
手元に活版印刷でビニールカバーつきの中公新書がある。大学時代に貪り読んだ『ルワンダ中央銀行総裁日記』だ。著者はIMFからの指名で、ルワンダ中央銀行総裁に就任した。6年の任期で実施した施策は、途上国金融の底本となった。のちに日本人初の世界銀行副総裁。時代を超えて金融マンに支持されているだけでなく、組織運営や途上国に関わる人びとにも最良のケーススタディとして読み継がれている名著だ。
出典:「私の好きな中公新書3冊」より