HONZが送り出す、期待の新メンバー登場! 小松 聰子は精密機械メーカーに勤務するワーキングママだ。先日『ブルマの謎』の客員レビューを寄稿してもらったところ大きな反響を呼び、即、正規メンバー入りが決まった。愛称はもちろんブルマー小松。そんな彼女が仕上げてきた次なる原稿のテーマは「うんこ」。「ブルマー」から「うんこ」へ、この流れで本当に大丈夫なのか!? そんな彼女の今後の活躍に、どうぞご期待ください! (HONZ編集部)
うんこ。
アイドル以外の人類ほぼ全員が関わる現象であるにも関わらず、正々堂々と発声するには憚られるこの単語、しかしながらそれに悩んでいる人はとても多い。
例えば私…本書のページをめくりながら、1歳半の息子の感染性胃腸炎のゆるゆるうんち(本書ではうんこ)と闘っていた。いくら昨今の紙おむつが優秀とは言え、大量のゆるゆるを放置すれば大惨事に見舞われることは請け合いなのである。ゆえに1人遊びではしゃぐ息子が不穏な動きをする度に私はおしりを覗き込むというルーティンを課せられていた。
あるいは自分自身の過敏性腸症候群最盛期の数多のヒヤリ、またあるいは昔バス停の脇で見た誰かの大量の下痢を思い浮かべ、とにかくうんこに関わる問題は常にすぐそばに存在している。
もちろん排泄する側の問題だけではない。介護の現場では排泄介助の負担が非常に深刻なのだと言う。
本書はうんこにまつわる切実な問題「いつ出てくるのか?」、を超音波を利用したウエアラブル排泄予測装置の開発によって解決しよう考えた、とある青年の2年あまりの記録である。
著者がうんこと向き合うきっかけとなったのもまた、強烈な体験からだった。彼は米国留学中の30歳目前のある日、トイレの無い道端で盛大に漏らしてしまう。
う、うんこを漏らす…!
こんなに屈辱的なことはない。しかも人に見られてしまったのだ! 凹みすぎてそのまま留学を切り上げてしまっても驚かない。お笑い芸人の髭男爵・山田ルイ53世はうんこ漏らしをきっかけに不登校になったと公表しているが、気持ちは痛いほどよくわかる。
ところが、筆者は違った。その経験をバネに人類をうんこの心配から解放するべく、立ち上がったのだった。
排泄の悩みを解消することは、社会的に大きな意義のある仕事だ。これを自分の一生の仕事にできないだろうか
ここから先は、もうただのうんこ漏らしの話ではなくなる。
留学仲間との議論の末に、悩みの解消のためには何をすべきなのかを見つけ出したのだ。うんこの液体化、ガス化、いい匂いのするうんこ、排泄した時には既にラップに包まれていて汚くないうんこ、小便器に排泄できるうんこ、何らかの手術でうんこが作られない身体をつくる…考えては議論し、否定され、また考えての繰り返したすえ、この結論にたどり着く。
あと何分後にうんこが出るかを自分で把握できれば、落ち着いてトイレを探せる。そうすれば安心して「その時」を迎えることができる
そして彼は実現すべく、動き始める。シンプルでありながら誰も考えた事のない、未知の機器の開発はこうして始まった。
私はてっきり彼は新製品開発経験のあるガチガチのエンジニアか、少なくとも理系学部出身なのではないかと思い込んでいた。新しいメカを作ることができる人材は理系に決まっていると言う先入観である。ところが彼は文系学部出身であり、電子機器の開発行為など全く経験した事がない、ど素人だったのだ。
では、電子回路図の読み方も理解できていなかったと彼がどうやってアイディアを形にしていったのか?
実は、本書に技術的な話はあまり出てこない。新しい機器の革新的な開発秘話を期待しているとしたら少しがっかりするかもしれない。プロトタイプ製作の壁、資金の壁といった数々の困難を著者がどうやって乗り越えていったのかーーその人間関係を軸に展開されていく。
わらしべ長者のように
と述べているが、最初にうんこの議論を重ねた留学仲間の表さん、中学時代からの親友で内視鏡開発に関わっていた正森くん、ハードウエアエンジニアの九頭龍さん、東北大学の教授…どんどんどんどん関わる人が増える。本書はうんこを漏らしてからわずか2年の間の話であるにも関わらず、人間関係の図を書き出して手元に置こうかと思うほどの協力者の多さだ。
彼が魅力的な人物だったから人が集まってきたんでしょう、と言ってしまえばそうなのかもしれない。しかしそれだけとはとても思えないのである。例えば、前掲の東北大学の教授の協力を得るのにあたり、初めての面談は親友の正森くんが行なっている。単に本人の魅力だけで人が集まっていたのだとしたら、この代理人による面談は成功していなかっただろう。他にも合コンで知り合った弁理士、サークルの後輩のまた後輩のような遠い繋がりからもプランへの協力者が現れてくる。
また、集った仲間たちの貢献度が半端ない。コアメンバーですらつい最近まで無償でこの事業に参加していた。それどころか文字通り自分の身まで捧げている。正森くんはなんと開発の過程で大腸の位置を把握する為に下からソーセージ(!)を入れて実験を行っている。「献身」ってのはこういうことを指すのか。
開発側の人間だけではない。資金面の協力者に関しても同じ事が言えるだろう。彼は友人から100万、200万円という額をまだ事業の形も見えないような時期に投資してもらっているのだ。もし自分の前に学生時代の友人が現れて、ちょっとビジネス始めるし100万円投資してよ、と言われてあっさり出せるだろうか? いくら親しかったとしてもそうそう出せるものではない。むしろ金の無心にきたヤバいやつだと縁を切ってしまうかもしれない。
うんこ予測機器を世に出すことで困っている人達を1人でも沢山救いたいと言う彼の強い強い気持ちが人を次々に巻き込んでいく。このたくさんの協力者がしかも「献身的」に参加する理由はこの気持ちの熱さに他ならない。
奇跡的な出会いがいくつもあった
本当に奇跡なのだろうか? 私には全てが彼の情熱が作り出した必然のように思えた。