『「維新革命」への道 「文明」を求めた十九世紀日本 』 日本は西洋に何を求めたか

2017年6月12日 印刷向け表示
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「維新革命」への道: 「文明」を求めた十九世紀日本 (新潮選書)

作者:苅部 直
出版社:新潮社
発売日:2017-05-26
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グローバリズムが加速度的に世界を覆っていくにつれ、世界各地で文明の衝突が激しさを増している。イスラム過激派によるテロ活動は収束する気配を見せず、北朝鮮の孤立化はより深刻なものとなり、アメリカのトランプ政権は他文化との壁をより高いものにしようとしている。多文化が平穏に共存する道を、人類は見つけることができるだろうか。それとも、文明の衝突は歴史の必然なのだろうか。

本書は十九世紀日本における思想の歴史をたどることで、鎖国によって長年閉じられていた日本がどのように「開化」したのか、思想家たちは新たな価値観の奔流をどのように受け止めたのか、そして市井の人々がどのようにこの大きな変化に向き合ったのかを明らかにしていく。最新の研究成果を引き、新たな視点から当時の思想家たちの言葉を読み解くことで、これまで「維新革命」の常識と考えられていたものが、実態とは異なる神話に過ぎないことを教えてくれる。日本は西洋文明との衝突をどのように乗り越えたのか、そもそもそこにどのような衝突があったのかを知ることは、混沌いや増す現代世界の行く末を理解するヒントにもなるはずだ。

近代のはじまりを明治元年1868年に置き、近代をそれ以前の近世とは断絶されたものとして描き出すことには注意が必要だと著者は指摘する。その断絶に注目しすぎると、「それ以前から進んでいた、社会と思想の構造変化というべきものを見落とすことになる」からだ。明治元年を境に突如として変化が始まったのではなく、経済、歴史観、さらには宇宙観などまでもが、徳川時代後期には既に大きな変化のうねりを起こし始めていたのだ。

維新革命はあまりに多く、あまりに様々なかたちで語られてきたため、誤ったイメージが固定化してしまっている場合もある。そして著者は、維新革命の真実の姿を知るのを妨げる2つの罠を取り上げる。

1つは、制度・技術では西洋文化を取り入れるが道徳面では日本流を維持しようとする姿勢を明治初期の知識層が共有していたと考える、「和魂洋才」の罠である。当時の論説を子細に見れば、当時の人々の大勢がいわゆる「和魂洋才」を目指したのではないことが分かる。『明六雑誌』では、そもそも西洋のどの部分までを取り入れるべきかという議論が交わされ、キリスト教を普及すべきだという意見まで真剣に語られていたのだ。

何よりこの「和魂洋才」という4字だけでは、なぜ日本の知識人が西洋との間にある大きなギャップを乗り越えてまで「洋才」を欲したのかが見えてこない。日本が富国強兵を目指したからというだけでは、中国や朝鮮ではなく日本がより円滑に「洋才」を導入できたことを説明できない。そこには、もっと別の理由があったというのが著者の見立てだ。

すでに抱いていた価値観に基づいて評価したところ、理想により近い社会を、むしろ西洋諸国が実現していることに気づいた驚きが、そこにはこもっていたのである。

江戸後期の思想家たちがどのような価値観を持ち、どのような社会に理想を見ていたか、本書では丁寧に解説されている。

2つ目の罠は、「民衆不在」の罠である。エリート主導による近代化を強調する文明開化観では、貧しい人民にとって文明開化は迷惑以外の何物でもなかったととらえられる。こちらも当時の資料にあたれば、真実ではないことがよくわかる。庶民は、鉄道に代表される新たな施設や道具をときに楽しみ、ときにそれらを利用して利益を得ようとしたのだという記録が残されている。文明開化の潮流のただ中にいた大勢の人々は、文明開化を楽しみ、徳川の時代には抑え込まれていた欲望を発散することを望んだのだ。

彼らは、それが西洋という先進地域の産物だから崇拝したわけではない。徳川時代に生き、その慣習のなかで培われた価値観に基づいて、鉄道や西洋建築が優れたものだと評価したのである。

近年の研究成果によって、徳川時代を生きた人々の姿は更新されている。例えばこの時代の農民といえば、飢饉や重い年貢に苦しむ姿が思い浮かぶ。ところが、最近の研究では徳川時代を通して品種改良・農業技術の発達などによって農業生産力が上昇し、農村の死亡率と平均寿命のどちらもが改善され続けたことがデータによって確かめられている。もちろん、飢えに苦しむ農民も多くいただろうが、その苦境だけを強調することで見えなくなっているものが多くあるようだ。他にも、厳格な身分制度のもと武士の下に位置づけられた商人たちの間では、自律的な市場を舞台とした商業活動による経済成長、富の獲得を肯定する現在にも通ずる考え方までも広まっていたという。

徳川時代の人々は大きな変革期を前に、新たな社会のあり方、文明のあるべき姿を真剣に希求していた。文明と文明の摩擦が増していく現代を生きる我々も、多様な文明を包括できる新たな道を模索し続けなければならない。『「維新革命」への道』を知ることは、より明るい未来にいたる道を描くための大きな助けとなるはずだ。

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出版社:NHK出版
発売日:2015-04-23
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 『「維新革命」への道』でも引用されている。江戸時代における盛んな水田開発・肥料投入の実態が明らかにされる。 

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